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2020年11月15日

感情は制御できる

人間のどんな感情であろうとも、幼少期に吹き込まれた価値観を常に再構築して湧き上がるものが感情です。

よって思春期頃にはその感情が湧いてくる素材が確定しているので、感情が湧く原理が完成してしまうと「どうすることもできない」と考えがちです。
特定の場合に湧くその感情が、いわゆる条件反射となってしまっているのですね。

しかし成人してから冷静に考えると、例えば「人間が死んだら悲しむ」とか「テストの成績が良かったら喜ぶ」とか「幽霊が見えたら怖がる」などの反応は、周りの大人から刷り込まれただけのことで、それが人として湧く正常な感情であるとは限らないのです。

 

ですから、私は20代に幼少期の固定観念を変えてしまうことで、「怒る」という反応をプログラムし直しました。

この世は何事にも怒ることだらけで生きるだけでも疲れてしまうため、苦肉の策(笑)。
怒りレスにしてから生きることがだいぶ楽になりました。

 

感情とは、実は制御できるものだったのです!

 

 

2020年11月13日

誕生日

昨年の今日の思い出として、私が音のする電車のオモチャを3歳の息子に買い与えると、それで喜んで遊んでいたとの投稿が上がってきました。
 
今年は4歳になった息子の精神的な成長を確認したくて、ミニカーを載せることもできる貨物列車を与えて観察してました。
 
すると早速、色々なミニカーを載せ比べて、何なら搭載可能かを調べ始めました。
 
そこで唐突に「前の地球はどんなだったの?」と私に訊いてきたのです。
 
こいつも4歳になって、知的好奇心を言葉で表現できるようになったのか・・・
 
記憶に刻まれる自分の誕生日になりました。
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2020年11月12日

映画「クラウドアトラス」

「クラウドアトラス」という映画が2012頃に上映され、私はそれからDVDで毎年繰り返し鑑賞しています。
 
上映時間も長い超大作。
 
 
 
「これだけの内容をよくも映画の一作品に詰め込むことが出来たものだ」と感心する他はありません。
 
宗教の古典を何種も解読して輪廻転生を何度も経験しなければ得られない情報量です。
 
それを数時間座っているだけで味わうことができるなんて、なんと恵まれた時代にいることかと毎回感動しまくっています。
 
これだけの脚本を書ける人がいて、世界中を移動して撮影する環境を整えることができて、過去も未来も当時であるように撮影する技術があって、それを演出するスタッフも揃っていて…
 
衰退時期に入る熟れ切った文明だからこその芸当です。
 
少なくともここ数千年は実現しなかったことを享受できているありがたさ、その今という時代を噛みしめているのです!
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2020年11月11日

あの世の科学

夢の中で夢を見るシーンを経験したことがありますか?

 

夢から覚めて「夢だったのかぁ…」と感じたシーンが、まだ夢の中だったということです。

 

私は、あの世に旅に出た際にこれと同じ経験をしました。

 

「死んだのか…」と感じたシーンそのものが、まだあの世でのワンシーンだったのです!笑

 

これはまさに、何が現実なのかの判別がつかなくなるのです。


ただ私がこの世の現実世界に戻った時は、全身の激しい痛みと痺れを感じたし、瞳を開けても肉眼の視界がほぼ得られなかったので、「こんなにろくでもない経験ができるということは三次元物質世界に間違いない!」とこの世を自覚できたのです。

 

 

この経験からわかることがあります。

 

「あの世」とは、この世とは対極の世界が一つあるわけではなく、「あの世」にも階層があるらしいということです。

肉体生命を維持したまま「あの世」を経験できる人が前世紀までは少なかったのですが、今世紀になってからは増えてきています。

今の人類が「あの世の科学」をどれだけ進展させることができるのか、とても楽しみですね!

 

2020年11月10日

ドラマ

「人間」という生物は、かなり深く長きにわたって関わらない限り、その個性の奥深さは理解できない複雑さを有しているのが多くの場合です。
 
短時間で自分の人間性を表現できることはなく、よって人物に対する好き嫌いとは誰もが偏見に基いてなされていることが原則です。
 
ところが、ドラマにおいては回想シーンを多く取り入れることでその人物像をかなり掘り下げることができます。
 
 
 
現実ではあり得ないような多くの背景描写を挟み込めば、視聴者はその役柄の人物を「長年深くかかわった人物」として感情移入して観るようになるのです。
 
職場や学校では簡単に得ることのできない人間関係の学びである『人が人を裁くことはできない』という真実を、良質なドラマを観ることで学んでいるのですね!
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2020年11月08日

火の玉

火の玉を見たことがありますか?
 
私の生まれ育った家はそこそこ田舎でしたから、小さな家なのに庭だけは広かった。私が高校生の時に増築したのですが、その増築した部分の部屋をあてがってもらい、初めて過ごした日に火の玉(人魂)をハッキリと見ました。
 
自分の方に迫ってきたので、慌てて手で振り払ったら消えました。熱くはなかったです。
 
心霊現象とかには全く興味がなかったので、「これが昔の絵画やお化け屋敷に出てくるヤツか…」と思ったくらいです。
 
それから興味が湧いたので、先祖代々からその地域に住んでいたらしい父に「この場所って昔は何があったの?」それとなく訊いてみたら、「明治大正あたりまでは誰も住んでなくて天然の火葬場になっていたらしい」とのこと。
 
 
昔から墓場とかでの目撃例が多いからこそ人魂は記録に残っているわけでして、科学的な解明はどうでもいいこと。
 
一つ確実に言えることは、現代人は「人」についてあまりにも知らなさすぎるということです。
 
わからないから面白い部分もあるのでしょうから、解明させてはいけないような遠慮もあります!笑
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2020年11月08日

「くだらない」では学びがなくなってしまう

私は高校生の頃、生きることの9割方が「くだらない」と感じていました。
 
その価値観は社会のしくみがわかるようになってくると益々加速し、この世の9割9分がくだらないこととなってしまいました。
 
たまたま従妹は女性ばかりが生まれていた経緯もあって、自分が生れた時に両親や親戚が喜び騒ぎ、大人が私を抱えて撮影された写真が沢山ありました。
 
ですから自殺はあまりにも無責任な行為となるであろうことが推測され、事故か病気で他界できることが最大の楽しみだったのです。
 
しかし、そんな幸運(笑)がいつ訪れるのかもわかりません。
 
この世で生きるのならば少しは生きる楽しみを感じる工夫をしなくては…
 
そこで実践を始めたのが「この世はどうしてこんなにくだらないのか」を探求することです。
 
「どうしてこんなにくだらない人が出来てしまうのか?」「どうしてこんなにくだらない職業が存在するのか?」といった具合でこの世を探求すれば、何をしていようが人生は全て学びの宝庫となるのです。
 
それがひと段落すると、次には「どうしたら素晴らしい世の中になるのか?」という充実した生き方もできるようになったのです。
 
気付けば、くだらない事は5割以下になっていたというのが実感です。
 
他界も変わらず楽しみ(笑)ですが、人生とは工夫次第!
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2020年11月05日

「龍」とは何でしょう。
 
小学生低学年の頃に見ていたテレビ番組に「日本昔ばなし」というアニメがあり、オープニング曲が龍の舞う姿でした。
 
今回生まれてから龍を見たことはないはずなのに、懐かしい親しみを感じたのです。
 
調べてみても「神話や空想の生き物」くらいしか書いてありませんでしたから、大人になってからも文献を漁りました。
そして20代に到達した結論を書きます。
 
 
龍は三次元物質世界の生物ではありません。
 
幽霊や妖怪と同じで、現代人には原則認識できないでしょう。
 
今ほどには霊能力が衰退していなかった、かつての地球人には認識されていました。
 
世界中で古い絵画や文献になるほど記載があるのです。
 
視たり触ったりできない今でも影響はあります。
 
私は龍魚(アロワナ)という赤や金の大きな魚を数百リットルの水槽で飼育することで、せめてもの龍との交流を味わっていました。(体の自由が利かない今となってはそれもできません)
 
かつて土地を買って家を新築した際、近所に「龍女菩薩」と名付けられた木彫りの像を発見しました。
 
近くに天竜川という大きな川があって、昔はよく氾濫したので西にあった都を東には移せなかったそうです。
 
そこで川を統治していた龍にお願いすると氾濫が収まり、鎌倉や江戸を開くことができたそうで、そのことを記念して彫られた像との説明がありました。
 
私の人生もその頃から激変し、再び上京しました。(30歳頃までは東京にいた)
 
今でもこの世への龍の関与は甚大かと思われます。
 
龍を特別扱いする人間の傾向は昔から変わっていません。
 
この世で認識できる人も再び出てきそうですから、きっとこれからも特別でしょう。
 
バカにして笑っていたとしても過去生やあの世での龍の記憶が潜在的にあるのですから、多くの人が存在を認めているのですよ!
 
 
 
 
2020年11月04日

成就

元はアイドルグループ「スマップ」のメンバーだった「森且行」を憶えていますか?
 
彼はトップアイドルである名声を捨ててまで、わざわざ自分が賭け事の対象となる人生を選んだのです。
 
オートレースとは会場も全国に少ししかないマイナーなギャンブル。
 
私が生まれ育った浜松市にオートレース会場があったため、私は3歳の頃に父に肩車をされて観戦に連れて行かれました。
 
もちろんギャンブルであるとの認識はなく、レースを眺めていただけ。父も本田技研(後のホンダ)の創業期に携わっていたため、モータースポーツに夢中となることは職業病みたいなものだったのでしょう。
 
自分が上京してから、埼玉県にちょっと入るとオートレース会場があることを知り、幼児期を懐かしんで覗きに行ったりしました。
 
 
その会場に「森且行」が配属されたのです。
 
オートレーサーは、職業として一生ひたすら走路をグルグル走って稼ぐ、とても厳しい世界。
 
 
転んで死ぬことだってあります。
そんな大きな人生の決断を下したのだから、彼の本気度に興味を持たずにはいられませんでした。
 
元アイドルだからといって、職人でもあるオッサンにチヤホヤされることはまずありません。
 
 
動物ではなく人間が賭博対象となるのですから、制限も多くかなり不自由な生き方です。
 
それでも事故やストレスに耐えながら二十数年が経過。
 
今朝の情報で知ったのですが、全国一位の選手を決める年に一度だけのレース「日本選手権」が開催され、森且行が昨日優勝したそうです。
 
VTRをチェックすると、彼は泣きながら喜びを噛みしめていました。
 
志はやはり本物だったのです。
 
私も「おめでとう」と心で呟きました。
 
「決断して実践を本気で継続すれば、いつか物事は成就する」
このことをしみじみ教えてくれました。
 
森君、どうもありがとう!
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2020年11月03日

本末転倒

「人」とは、霊的な体験をすることもある人間と言う名の動物ではありません。

事実は、人間と言う名の動物も体験することがある霊的な存在が「人」です。

本末転倒とはまさにこのこと。

 

既に人の本質が動物であると考え、カネ儲けや肉体死回避に忙しい人々を今更どうこうする必要はありません。

放っておいても、数十年で確実にこの世からはいなくなるのですから(笑)。

 

まともな知的生命体としての文明を地球に興すのならば、次世代のため「霊教育」の準備を整えてから他界すればよいのです。

暗記や計算は人口知能がしてくれます。せっかく「人」として生まれてきたのならば、マシンにはできない知性をこの世にも構築しましょう!

 

 

2020年11月03日

ゴースト

近頃は、ツタヤに行くと前情報や先入観全くなしで海外ドラマをランダムに借りまくり、アタリの作品がないかをチェックする習慣ができました。
 
今世紀に入ってから映画はあまりにもハズレ作品が多いので、ドラマの方がアタリの可能性が高いと判断したのです。
 
そして、ついに面白いアメリカのドラマを見つけました。
 
邦題は「ゴースト」。
 
タイトルだけ見るとつまらなそうですよね!笑
 
しかしオカルトや宗教臭さは全くありません。
 
亡霊の姿や声が普通に認識できてしまう女性が、学校を出て普通に結婚して生活する中で起きるあれこれを描いています。
 
その内容が凄く現実的で感動的なのです。
 
10年前からこのようなドラマが一般大衆から一定の支持を得ている事の意義はとても大きい!
 
幽霊が「いる・いない」が争点となっていた前世紀と比べたら、地球人は急激な進歩を遂げ始めているのです。
 
肉体の探求はもう結構。
そろそろ真剣にエネルギー体(精神)を探求する時代です。
 
かつてはそうであったように、人としての非物質存在形式を認識できなければなりません。
 
数十年以内には「性教育」ならぬ
「霊教育」が本格的に始まることでしょう。
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2020年10月28日

この地球で、特に日本ではありふれた存在である「水」とは何とも不思議なものです。
 
水は物質とも生物とも言い難い。
 
液体にも固体にも気体にもなる。
 
熱くも冷たくもなる。
 
あまり知られてはいないが、何よりも凄いのは情報を吸収したり維持したり放出したりすること。
 
人間をはじめとする地球動植物の不思議は、生物の構成内容の多くが水なのだから不思議に決まっているではないか。
 
「人間」ではなく「人」ともなれば、肉体がなくても存在するのだから更なる不思議ってわけだ。
 
私は子供の頃から常に水槽を室内に置いていたし、特に自由の身となった30代からは大量の水と長時間接することで「知性」と「水」との関連性を究明してきた。
 
(これは他人に説明するためではないし、残念ながら説明のしようもない)
 
ところがここ数年の私は入院をしていたり身体が動かなかったりで、ほぼ水槽なしの生活を余儀なくされた。
 
良くも悪くも私はまだ、今すぐには他界しそうもないので小さな水槽に水を張って金魚を一匹泳がせてみた。
 
(昔、エサ用に一匹10円か20円で買ったことはあったが、今回は鑑賞用との理由で100円も奮発した!笑)
 
すると、前向きな気持ちと直感がたちまち湧いてきたのです。10代の頃から湖を眺めているだけでもそうなることはわかっていたのだが、改めて「水」の重要性を再認識しているところです。|
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2020年10月27日

悟り

今日は暑くもなく寒くもなく、外出には絶好の陽気だったので、30年前に勤めていた会社のあった場所近辺(世田谷から目黒)まで3時間ほどかけて歩いて行きました。(健康な足なら1時間未満)
 
初めて入る公園のベンチに一人腰掛け空を見上げると、それだけで天国にいるような心地よさ! 
 
さすがに帰りはタクシーを拾いましたが、若い頃には入ろうともしなかった公園のベンチがここまで居心地良く感じるのは、痛かったり苦しかったりする経験をたっぷり数年間も継続して味わったからこそでしょう。
 
高校生の頃に浮浪者と仲良くなって話していると、「昔はカネや名誉を求めてあがいていたが、こうしていた方が世の中よく見えるんだよ!」と聞かされた事を思い出します。
 
その頃には全く解りませんでしたが、半世紀もあれこれ人生経験を積んでくると「本当にそんなものなのかも…」と感じる部分もあります。いわゆる「悟り」と呼ばれる心境みたいなものでしょうね。
 
富や名声を得てから世捨て人になってしまう人が多いのも納得。
 
幸い私は富も名声も大して得ていないので、世捨て人になる一歩手前で踏み留まっていられるのか?笑
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2020年10月22日

嘘を教えてはいけない

小学校ではダーウィンの進化論を当然のように教えています。

このように一つの仮説に過ぎなかったものを真実であるかのごとく普及させて洗脳する姿勢は現地球文明の悪しき傾向ですね。

 

人とは知的生命体です。

その他の生物は確かに惑星地球に順応しながら生き延びることだけを目的に変化してきたのでしょう。

 

 

ところが人だけは非物質の霊魂を肉体(今の地球ならば哺乳類)に宿らせるという試みをしているわけです。

 

ですから猿(動物)と人とでは全く異なる生物。

 

イルカやクジラでしたら、まだ人に近い知的生命体なのですが…

 

しかし現代人は、小さな頃から「人も動物の延長である」と教え込まれるのですから、高学歴でスーツを着ていようが実態は食欲や性欲(つまり現代社会システムでは金銭欲)を充たしたいだけの低知性な動物だったりするのです。

 

これからは、地球の人間という生物として生まれてくる人が激減する時代。

よって、かつてがそうであったようにこの世にいても霊的知性を養える環境を復興させることが急務なのです!

 

2020年10月19日

アバター

何年もブランクを開けてから同じ本を読むことで新たな気付きが沢山あったので、映画でもそれを試しています。
 
「〇〇年前に観た時には気付けなかったな~」そんなシーンが次々と出てくるので、新作を観るのとはまた違った楽しみ方ができるのでオススメです。
 
「アバター」という映画は多くの人が観たことでしょう。上映からもう10年程は経過したでしょうか。
 
 
簡略に説明すると、地球人がとある星の原住民の肉体に意識を転送し、そこの星人になりすますことで地下資源を略奪するというストーリー。
 
元は地球の軍人だったはずが、その星の原住民に意識の転送を繰り返すうちに意識のウェイトがその星人へとシフトしてしまい、地球人が我が星を侵略する敵に見えてくるという葛藤と闘う元軍人… 
 
 
そこに面白さがあるのです。
 
単なる娯楽のSF映画だと捉えてしまえばそれまで。
 
これは地球内での国や民族の相違による対立や「あの世」と「この世」の関係をも巧みに解説しているのです。
 
愛・憎しみとは、立場や環境次第で誰もがあらゆる状況になり得るのです。
 
 
実際に経験をすることで学ぶというのが肉体でこの世に出てくる意義なのですが、本や映画で疑似体験をすることで人生学習効率が少しは上がるでしょう!
 
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2020年10月15日

映画「インターステラー」

映画「インターステラー」をDVDで5年ぶりに鑑賞しました。

怪奇現象や神の仕業と思われている現象が三次元にはいない人によって起こされている実態とか、立派そうな人物ほど堂々と嘘をつく地球人の傾向とか、不動かと思い込んでいる時間や空間の概念が絶対的なものではない事実が、脚本に上手く盛り込まれています。

 

上映された当初も「よくできた映画だなぁ」と感じましたが、自分があの世からこの世を眺める経験をした後で改めて観ると、異次元からこの世を窺う絶妙な表現の手法に称賛を送りたくなります。

学校の教材にしてもよいくらいの出来栄え。

しかし、この映画の素晴らしさを理解するような人が教員職に就いていることはまずないか!笑

 

 

2020年10月12日

「ゆるす」とは

「ゆるす・ゆるさない」は愛とはほど遠い概念なのですが、世の中ではほぼ勘違いされて使われています。

 

片方が正しく優れていて、もう片方が悪いとか劣っている。

 

そんな風に裁いているからこそ使う傲慢な言葉、それが「ゆるす・ゆるさない」なのです。

 

特にスピリチュアルな場面での「ゆるし」とは、価値判断を一切せずに受け入れるというような意味なのです。

 

不遇かと思われた事をきっかけに人生が好転したとか、ラッキーかと感じた事が災難の始まりだったなんて話をよく耳にしますね。その前にご自身が経験しているのかもしれません。

 

何があろうとも「価値判断をしない」という姿勢が尊いのです。

 

「悟り」が近い言葉かと思いますが、該当する適切な言葉がありませんね。

 

強いて言うのなら「あるがまま」もしくは「これでいいのだ」でしょうか?

 

 

私も幼い頃にテレビの「天才バカボン」を見ていましたが、子供向け番組でこんなに深いことを言っていたのですね(笑)

 

 

2020年10月11日

社会の変化

現在の日本は「少子高齢化」と言われています。

50年もすれば今の高齢者は自然といなくなるわけでして、少子化の傾向は以後も続いて人口は絶対的に減ります。

 

貨幣経済がいつまで続くのかは不明ですが、生産や供給や消費という人間の基本活動が根本的に大きく変わることは確実です。

 

前世紀の職業の多くが神話(笑)となるでしょう。

 

戦争や天変地異で人口が激減する想定は映画でも小説でも色々ありましたが、そんな劇的な何かが起こらなくてもそうなることは必然です。

 

世界同時ウィルス蔓延でも充分に劇的でしょうが、今すでに免疫のある日本人は相対的に緩やかなシフトで済んでいます。

 

在宅勤務というスタイルの普及が何気に始まっている事実は、「サラリーマン戦士」なんて言葉を死語にしてしまうくらい画期的なこと。

 

本当に今は人間社会の在り方が

大きくシフトしているのです!

2020年10月10日

思えば実現する

何もなかった空間に物質を顕現させる能力をご存じですか? かつて「サイババ」という人が得意としていた業ですから、ドキュメント番組を見たことがある人もいるでしょう。

厳密には瞬間移動でしょうから、同時にどこかでは紛失という現象が伴うかと思われます。

やられては困る人も出てくるわけで、あまりこの世で頻発すれば原則この世のルール違反となってしまう現象ですね。

 

7年くらい前のとある自分の事件を思い出しました。

割と興味深い話かと思われるので、ここに記します。

 

 

父が他界した3日後、「無事に葬儀も終わった」との安心感から私は父が独り暮らしで使っていた戸建ての家を確認しに行きました。

 

割と新築でしたが、他人に貸すなり売るなりする準備の為に数週前にはリフォームやクリーニングを済ませてあった物件で、父との思い出が残っているような予感がしたのです。

 

玄関を開けると靴箱の上に柿ピーの数パックセットがおもむろに置かれていました。

 

父は大病で大手術をしてからというもの、酒もタバコも止めてその柿ピーをつまむことを楽しみに余生を過ごしていました。

私は食べませんし買ったこともありません。

 

扉の鍵はちゃんとかかっていましたし、業者がそんな事をするはずもありません。

 

数日前には何も置いてなかったことを見ていた私は不思議に思ったので複数人に電話して確認しましたが、ここ数日私以外は誰も入っていなかったのです。

 

父の生前、私はこの世とあの世の違いについて躊躇なく話していました。

 

そんな時、父は黙って聴いているだけでしたが「おい、あの世に来れば本当にこんな事もできちゃうんだぞ!」と、私には誇らしげな父の顔が見えてくるようでした。

 

思っただけで実現する、それが「あの世」の法則。その法則をどのように「この世」に応用させるのかは、個人によってだいぶバラツキがあるようですね。心配や不安を実現させている人も多いのです!(笑)

 

2020年10月07日

親子の愛

親と子の愛について考察してみると、「愛」が性交渉の代名詞ともなっているくらいの現代社会において、若い頃に親子の愛について理解することはまずほとんどないはず。

 

なぜなら自分が親や子供の死を体験していないうちは、親や子供がいても当たり前の感覚が強いから。

世間一般で孫が可愛いとされるのは、誰でも孫ができる頃には親をはじめとする近しい人の肉体死を経験するので、肉体で生存していることのありがたみを感じ、相手がまだ当分は生存することを前提とした将来展望に期待が持てるのです。

 

 

とりわけ自分自身が肉体死を迎えることを想像させる病気や事故に遭うことで、その想いにより一層の拍車がかかるのでしょう。

「お互いが生きて関われることは特別に貴重なことである」との認識が芽生えてくるのです。

 

身近な人の死から学ぶことは非常に大きいのですが、周りの人の肉体死を称賛しているような誤解は誰もが受けたくないでしょうから(笑)、これはあまり語られることのない深い真実。

 

相手が誰であっても、自分とその人が肉体を有して関わっていられるのは間違いなく期間限定。

それだけでも貴重なのです。

 

飢えを経験すれば食に感謝し、病を経れば健康に感謝するのと同じように、人の存在も失ってはじめてありがたみを感じる…

 

それが普通の人間というものなのかもしれません。

 

2020年10月01日

ドラマ『フリンジ』

アメリカのSFドラマシリーズ『フリンジ』。
 
10年前頃からDVDが出始め、あまりの内容の面白さに当時は何度も観返しました。
 
時間や空間をトリップしたり物質を非物質化したりパラレルワールドの往復等々、私の大好きなテーマを巧みに盛り込んだ怪奇事件が次々と起こり、それを科学捜査班が解決するという連続ドラマ。
 
映像も音声も脚本も、映画にしても問題なしのクオリティ! 
知的好奇心が充たされる最高のエンターテイメントだと感じます。
 
8年ぶりくらいに観たのですが、特にここ数年は自分が似た体験をしてきたこともあってSFと言うよりはノンフィクション作品を観ているような満足感があります。
 
特にパラレルワールドに興味ありの方には絶対オススメの作品、『フリンジ』です!
 
 
2020年09月30日

人の知性とは

学校や病院で教えられることを信じてしまえば、「脳というパーツが記憶したり考えたりしているのが人」ということになりますね。

実は肝心なソフトウェア(霊魂)を体現するためのハードウェア(肉体)なのですが、そんなことすら知らない人が先生と呼ばれる職業に就いているのが現在の地球文明です。意地悪で嘘を教えているわけではありません。本当に知らないか、給与を得るためには知らないフリをするのです。

 

霊魂は肉体内に存在するわけではありません。肉体で生きているうちは体内の特定の場所にあるものだと現代人が勝手に思い込んでいるだけです。

宇宙にも場所があるわけではありません。数歳の頃からそのように教えられて、宇宙は遠くにあるものだと決めつけているだけ。全盲ならば地上にいながら宇宙を体感している人だっているのです!

 

現地球人は根本的に少しも知的ではありません。

それでも自称「知的生命体」!笑

 

 

2020年09月29日

「あの世」の定義

「この世」と「あの世」を、どうしても二分して考えてしまう傾向がある現代人。

 

そんな現代社会ですから「あの世」があるのか、ないのか、というような極論が展開されてしまうのです。

 

「この世」を天国のようだと捉えて生きている人もいれば、「この世」を生き地獄のように感じながら日々を送っている人もいることでしょう。

 

同じ「この世」ですら解釈の仕方にこれだけの個人差があるのですから、「あの世」に対するイメージは人それぞれ。

 

願望も含めると「ないはずだ」との見解もあるのでしょう。

 

と言うよりは「あったら困る」人が「あの世はない」としたがっている気も…(笑)

 

しかし、その人その人に応じて「あの世」があったりなかったりするわけではありません。

 

「あの世」を体験して戻ってきた人はいても、「あの世」がないことを証明した人はいないのです。

 

誰にとってもかなり重要なテーマなはず。

残すは「あの世」をどう定義するかという真剣な問題ですね!

2020年09月29日

波動が異なる世界

PCのハードウェアでしたらパーツの仕様が注目されがちですね。

 

CPUとかメモリーとか電源や冷却装置がどうのこうのというような話です。

 

人間に喩えるなら身体能力やIQが注目されることを意味します。

ところがPCを使う上で肝心なのはソフトウェアです。

 

ハードウェアには、使いたいソフトウェアをインストールできる最低限の性能が備わっていることが前提ですが、目的のソフトさえ使えればどんなスペックのハードであろうと大した問題にはならないのです。

 

人に喩えるならそれが「霊魂」と「肉体」の関係。

 

ハードウェアのことばかりが話題にあがっても、自分がどんなソフトウェアを使っているのかさえも興味がない… それが「人」に関する現文明の特徴です。

 

なんと、ハードウェアが無くてもソフトウェアが使える!

 

間単に言ってしまえば、それが「あの世」なのです。

 

この世では肉体がありますから、「宇宙」も「あの世」も肉体容積の外側にあると考えがちなのが「この世」の人。

 

でも現実には、「外」「内」とかの空間を重要視するのは「この世」に限った話なのです。

 

肉体死とは、空間の制限から自由になること。

 

「宇宙」や「あの世」は、実は肉体死を迎える前でも体験できるのです。

 

日常的に瞑想をしなくても、図らずも病院で異世界を体験してしまう場合もあります。

 

健康なのにベッドの上で本格的な宇宙旅行をしている人もいます。

「あの世」や「宇宙」とは、肉体のある物質世界とは異なる波動の世界なのです。

 

物質世界だけの概念で行き来できるようになることはないのです。

 

場所の移動ではなくて、「この世」とは異なった波動の世界に意識をチューニングできるかどうかの問題なのです。

 

2020年09月26日

「進化」か「退化」か

二十歳頃に東京ディズニーランドへ一度だけ行ったことがあります。その時に「ホーンテッドマンション」とかいうお化け屋敷に入ったのですが、半透明の立体映像(ホログラム)を体験して希望に胸が弾みました。

 

「テクノロジーがここまで進化してきたのなら、亡霊を見たくらいの事は怪奇現象でも何でもなくなる日は近い!」そのように感じたのです。

 

あれから30年近くが経過しましたが、今でもオフィシャルな場で霊やあの世の話を堂々とする人はあまりいません。

解明できないというよりは、そういった事を究明したり話したりすることが恥ずかしいような社会風潮があるとしか考えられません。

 

皆、肉体死が怖いから考えたくもないのでしょうか?

 

それでは発想が逆。

知らない事は怖いと感じるもの。

肉体死とはどういうことなのか…それがわからないからこそ怖いのです。

怖れていれば肉体死を避けられるのならそれでも結構。

しかし現実は、順序が前後するだけで親も自分も子供も確実に肉体死を迎えます。

科学テクノロジーばかりが進化しても、人の知性はむしろ退化しているのが現代の実態ではないでしょうか。

 

人として進化したいのか、退化したいのか・・・

もしも進化するのならば

「あの世」を科学する必要があるのです!

2020年09月19日

ホログラフィック・ユニヴァース

二十数年前に夢中になって読み込んだ本ですが、四半世紀ぶりに熟読しました。
 
超能力・霊能力などの所謂オカルト現象を、具体的事例を積み上げて科学的に切り込んで解説することを試みた名著です。
 
著作内容のすばらしさよりも、日本語訳が出版されるよりも前にこの著者が40歳未満で死亡していることが何よりの衝撃でした。
 
権力者にとって不都合な活動をする人は漏れなく抹殺される…
 
地球の支配構造は魔女狩りが行われていた時代から全く変わっていないのだ!
 
 
当時の私は大きな悲しみに包まれました。
 
あれから四半世紀が経過。地球もだいぶ変化しているはず。
 
 
U.S.Aを例に挙げれば、黒人が大統領になったり、今の大統領なんて無報酬でやっているのです!
 
UFOに乗った人やあの世に行った人が本を出版したとしても生存率が格段に上がってきています。
 
真実を語ったところで簡単には消されない時代に入ったと判断して、私も自分名義での出版を決めました。
 
これを書いているのは肉体死がイヤだからではありません。
 
殺されてきた過去生を顧みると、またしても計画を遂行できなくなることがイヤなのです。
 
計画的な方が良いのは借金だけではないのだ!笑
写真の説明はありません。
2020年09月12日

私が脳幹出血で倒れて意識不明となった日に誕生した息子。
 
もう4歳を超えました。
 
生後1~2年くらいまで私は息子を乗せたベビーカーを歩行補助機代わりにして歩く練習をしていました。
 
今では元気に走り回ったり、すっかり子供らしい身のこなしですから一緒に出掛けることはかなり難しくなりました。
 
「脳出血の後遺症で…」なんて話は4歳児には理解できないでしょう。
 
 
2~3歳までは「自転車は乗らないの?」とか訊ねてきていたのが何も質問してこなくなったので、私は何らかの事情があって出来ないことが多い身体なのだということは察知しているようです。
 
それでも私に会いたがってくれているようですから、私は息子の姿を見かけるだけで「自分はまだこの世に生存しているのだ!」と感慨深さのあまり言葉が出なくなります。
 
誰にとっても、肉体生命を繋いでいること自体が奇跡なのではないでしょうか?
写真の説明はありません。
2020年09月09日

完遂していない計画

書籍からだけではなく、ネットからでも情報は充分に収集できる時代となりました。でもそれは「求めれば」に限った話です。

霊的なことに関心の薄い人々が主になって経済社会は構成されています。

 

ところが、その人々も例外なく人という霊的な存在です。「知性」とは、もっと「霊性」を意味する方向にもっていく必要があるのです。

 

すでに個性的な生き方をしている人よりも、かたいお勤めの人にこそ霊的な学びが求められているのです。

 

人は動物ではなくて霊的な存在であるということを誰もが認識することが重要なのです。

 

かつての地球では当たり前なことでした。

 

ところが今ほどに物質的価値観が蔓延してしまうと、人は霊的存在から動物にまで成り下がってしまうから大問題なのです。

 

これが、今回の人生で私が計画してきたことの概要。

つまり人とは動物の一種ではなく、霊的な知的生命体であるという認識を普及させること!

 

だから、せっかく一度はあの世に帰ったのに、計画未遂で再びこの世に追い返さたのです(笑)

 

2020年09月08日

ご無沙汰しています

約半年間、ほとんどSNSを開いたりとかはしていませんでした。

 

ここ10年くらい、所有していたPCは全てウィンドウズ7でしたが、ついにサポート終了となってしまったので「これを機にライフスタイルを一新しよう!」そんな転換期だったのです。それで、だいぶ久しぶりにかなりの量の読書をしました。

 

数十年ぶりだったからこそ得た気付きもたくさんありました。そして執筆の欲も湧いてきたのです。

すると丁度、とある出版社からアプローチがありました。

 

さすがは書店や出版社が次々と潰れて行く今の時代、新時代出版状況の説明を受けました。

 

かつてのように最低でも何千部の印刷をしてから在庫管理に悩むのではなく、いわば受注生産みたいな発想です。

 

本が売れない時代でも電子書籍に逃げるとかではなく、紙の本を細く長くスピーディーに扱える仕組みが普及しはじめているようです。

 

発注は近年の従来通りアマゾンでクリックするだけ。

まさに時代は変化していますね。

 

 

数ヶ月以内には出版の運びとなりそうです。

テーマは相変わらず人の生死や宇宙についてですよ!

 

2020年09月08日

最高のプレゼント

万人向けの著作では書きにくいようなスピリチュアルネタをここでは書きます。

 

「いったい何をするために地球にやってきたのか?」

 

成人する頃には「飲み食いして排泄してセックスして眠るため」くらいの価値観は出来上がっていることでしょう。

 

「住む家も乗り物も欲しいし、暑さ寒さ空腹を凌いで快適に暮らすのならば、とにかくカネが必要だ」とのことで残り数十年の人生を過ごすこととなるのが平均的な現代人の人生。

 

あなたの生まれてきた目的をテレビが放映してくれるとか、新聞雑誌やネットに掲載してくれる可能性はゼロです。

 

親や教師が教えてくれることもないでしょう。

実は自分自身だけが知っていたことなのです。

誰にも(メディアにも)操作されていない自分だけの欲求。

その気持ちを維持できるのは誕生後の数年だけ。

 

ですから、誰であっても数歳の頃の自分は何に興味を示していたのかを思い出すことができれば、それが人生最高のプレゼントとなることでしょう!

2020年05月12日

アカーシックリーディング

この数週間、世間のウィルス騒ぎとは別の要因で、私はこれまでの人生で最も内省的な日々を過ごしていました。

 

元々人混みが苦手ですから外出を控える傾向はありましたが、屋内にいても肉体を使う何かに打ち込むとかではなく、ひたすら記憶にある幼少期からの人生を振り返るような作業を中心に、ほぼ非物質的なイメージだけで生きていたようです。

 

自分が肉体を有する存在であることを忘れてしまいそう!笑

 

すると先週、とあるアメリカ人からフェイスブックのリクエスト申請がきたのです。

 

その方はアカーシックリーディング系の著作等で世界的にも著名なお方で、私も10年以上は著作を愛読してきました。

 

日本にも頻繁に来られているようですから、私はスタッフの営業活動かと思って「ご本人かどうかはわかりませんがよろしくお願いします」と返して承認したところ、翌日に「これは私です」等、たどたどしい日本語で返事が返ってきたのです。

 

確かに私は申し込みも問い合わせもしたことがなく、検索すらしたことがないのです・・・

アカーシックリーディングを実用された??

 

2020年03月17日

性欲とは

人は毎日、食事も排泄もします。睡眠だって毎日とりますね。

これらは生存するための基本的な欲求ですが、食欲や睡眠欲に対して性欲は趣が異なります。

毎日忙しく性交渉をしている人なんていたとしても例外(笑)

それも一時期でしょう!  

 

学校でも生殖機能について触れることがあります。いわゆる性教育ですが、性エネルギーの本質的なことには何も触れていません。

避けているというよりは教えることができる人がいない… 

教師もそれについては教わっていないし、個人差が著しくて一概に語ることもできないのです。

 

物質を摂取する食事とは異なり、性欲とは人の中を流れる「非物質エネルギー」です。

誰もが有するこのエネルギーをどのように活用するのかで人生は全く異なる結果となります。

未成年が「異性にモテたいから」という動機で勉強やスポーツや音楽などに励む実例があることでもわかる通り、生きる上では食事以上の根源的なエネルギーである、と私は長年捉えてきました。

 

人間のそんな強大なエネルギーが生殖機能を果たすためだけに備わっているわけではありません。

私は、万人が有する性エネルギーを、人生で有効活用することを重視してセッションするよう心がけています。

 

セッションの詳細はこちら

 

2020年03月14日

分離した思考が原因

小学生の頃に勉強をする中、どうしても腑に落ちない事柄がありました。

 

それは「宇宙は無限大に広い」とされていることと、もう一つは教科書に載ってはいないけれど「人は死んだら無になる」というような現代の一般社会通念でした。

それらは成人してからもずっと私の疑問であり続けたので、自分なりに究明を続けてきました。

 

「宇宙空間とは何なのか」「人間とは何なのか」といった問いに答えを見出せない現代人が、「無限だ」「死ねば無に帰する」等と誤魔化しているように私には感じられたからです。

仏教的な用語で「宇宙即我」という概念があります。

 

地球を見下ろし、銀河系をも掌握して、自分が神と一体になったかのような悟りの境地を示す言葉です。

「神とは何か」を表している言葉でもありますね。

 

20代に出会ったその辺りの概念がヒントとなって、究明は続きました。宇宙とは小さな自分とは別の大きな外部の存在。

 

死を考えるとき、そこにある肉体死を迎えた個体は自分とは別の物体であるかのように捉えているのです。

つまり「宇宙」や「人間」を「自分」とは切り離して考えているから答えが出ないのです。

 

宇宙は自分自身でもある。肉体死を迎えたら物質界を去るのも自分自身である。このように考えることで「宇宙」「人間」さらには「」というものが何なのかが見えてくるのです!

 

2020年03月13日

大人はなぜ変われないのか?

つい先日の誕生直後は、乳を飲んで糞尿を漏らして泣いていただけの寝たきりだった息子が、1~2年の間に立ったり歩いたり走ったり発声するようになり、ついにはブランコまで乗りこなすようになった姿を感慨深く見つめていた2年ほど前の私の姿です。

 

それは赤ちゃんには当然の変化でも、大人ではあり得ない変貌なのでしょうか? 
いいえ、違います。

息子の誕生当日に脳幹出血で倒れて、寝たきりで激痛の全身麻痺となってしまった私でも、同様に数年で立ったり歩いたり話したりができるようになったのです。


一度は失った視力も、訓練で徐々に取り戻せました。

理由は「それができる!」と信じて疑わなかったこと、よって諦めずに努力を継続したことによるものです。

 

子供にはできて当然のことが大人になると多くができなくなるとは不思議なことですよね。

 

それはどうしてなのか・・・ 
大抵の大人は
「自分にはできないだろう…」とあれこれ自分に規制をかけてしまうので、その想いが具現化してしまうのです。

 

例えば赤ちゃんでも「自分は歩けないだろう」と定義したのなら、歩けないままなのです。ただ、そのように定義する赤ちゃんがいないというだけ。

 

俗に「人間の能力は無限だ」などと聞かれますが「人間の能力」とはどういったものなのかが、この一例で少しはご理解いただけましたでしょうか?

誰もが、大人になってからでも
大きな変貌を遂げることは充分にあるのです!

 

2020年03月12日

人生を切り拓くお手伝いをします

気付けば進学校とされる高校に在学していた自分が16歳の頃、私は敷かれたレール上を走ることに疑問を感じて、進学も就職もしない18歳になってしまいました。

 

職を得て生活をするということに関して、最終学歴が高卒では随分と不利なのだと、初めて気付いたのが二十歳頃というマヌケぶり。

 

だったら自分でレールを敷くしかない。その作業がそこから更に20年近くもかかるとは…

 

例えば炭鉱の町というものがあちこちで栄えていた時期がありましたが、今ではそのほとんどが廃墟と化しています。誰かが敷いたレールの上では一定期間しか走れないということは、元々が自然な事。

ウィルス騒ぎで休業を余儀なくされたり皆が自粛している今後は、新たなレールを敷けた人だけが走り出すでしょう。

 

不特定多数に向けた誰かの話や著作を鵜呑みにして実践することは、まさに他人の敷いたレールの上を走ることであり、上手く行かないか、上手く行っても一時的なもので終わるでしょう。

 

あなたにはあなたのやり方が必ずあります。

ですから、私のコンサルは一対一です。

それぞれのお客様の背景や性格や偽りなき心情を徐々に導き出すことで、何をどう切り拓いて行くことが適切なのかを共に決めてまいりましょう。

 

ですから私は「簡単にできる」「誰でも今すぐ変われる」等のキャッチコピーを決して使いません。
人生を左右する大ごとが簡単な話で済むわけがないからです。

 

セッションの詳細はこちら

2020年03月09日

学校や病院にはいない先生

家族にも職場にも、相談できる相手がいない。」

 

背景が複雑な現代社会では、これが標準的な人のお悩み事情でしょう。身近な仕事関連の人や家族は、最大の利害関係者でもあるのですから当然のことですね。

利害を考慮して人と関わっていても、健全な人間関係は築けません。しかし、あなた自身が目から鱗の価値観の転換を図ることができれば、人間関係を筆頭にあらゆる事が変貌を遂げるでしょう。
それが私の得意とするところ。

 

とてもプライベートな相談が多いため、個人的具体的な事例を挙げるわけにもいかないことが残念ですが、過去の感触で顧客満足度は高いと自負しています。

人生転換の大きなきっかけとなることかと思います。

 

セッションの詳細はこちら

 

2020年03月06日

永遠に生きるものと勘違い?

ひと昔前まで「人生50年」だったはずが、今では人生100年くらいとされていますね(笑)。

そこで、何が起こるのかを検証してみます。

 

昔は凡そ全ての人が自分の寿命を考えて人生計画を立てていましたから、人生ボヤボヤしている余裕はなかったでしょう。ところが近頃は永遠に生きるかのごとく錯覚している人も多く、「いつかはやろう」と考える事だけが蓄積してしまい、多くの人が何かを成し得た実感のないまま歳を重ねた結果、何歳になっても「まだ死にたくない~」となってしまう。

 

ですからここに明言します。万人が数えられる日数で確実に肉体死を迎えるのです。

 

私は10代の頃は自分の死亡推定年齢を20歳と予測し、20歳過ぎてまだ生きていたら30歳に設定し直し、それを40歳・50歳と繰り返し設定し直すことを続けてきました。まさに一日一生の生き方を自らに課してきたのです。

 

結果的に若い頃にはあらゆる職種を経験して、それらの経験を活かして40歳手前で独立開業し、10年以上は他人から見たら悠々自適な人生を送れています。

 

経済的危機があっても健康を損ねることがあっても、元々が死んで当然の考えで生きているため生きているだけで丸儲け、精神的ダメージは小さいのです。むしろ会社勤めをしていた頃は精神が蝕まれて行く実感がありました。それが継続したのなら私も「まだ死にたくない~」と心配や不安を抱えたままあがいていたことでしょう。

 

早死にを想定した方が人生は上手く行く…のかもしれません!笑

 

 

2020年03月05日

歴史について

小中学校の授業では「人間は動物から進化して今の人類は最も知的になっている」みたいな事を教わるわけです。

 

子供が「大人の先生が誤った情報を自分たちに植え付けている」などと考えたりはしないですから(笑)

 

一旦はそれを受け入れてしまい、成人後に「何かがおかしいなぁ」ということで模索して、学校では教えない様々な情報を収集するわけです。

 

そこから見えてくること。

 

星の文明とは栄枯盛衰を繰り返しており、今回の文明も例外ではなく文明衰退後の復興途上。

 

試行錯誤を試みている段階であり、故に地球人の愚かさや醜さが目に付く。

 

つまり、今の地球人類は最先端でもなんでもなく、保育園や幼稚園の園児を大人と比較してあれこれ言っても仕方がない、それと同じで地球人類はまだまだ未熟だという前提で扱う必要があるのです。

 

歴史とは、時の権力者の都合で作られるもの。

 

そうとはわかっていても、今の地球で常識とされている歴史観は、あまりにもお粗末で無理があるのでは?

 

 

2020年03月02日

相談に乗ることが特技です!

私は経営コンサルティング業を10年以上生業にしてきました。経営者とはいっても人間、家族や従業員や取引先やお客様との人間関係が業績や幸福度のカギを握っているという点では、経営者以外でも全く同じこと。

 

ですからここ数年、私は役職や立場とは無関係にあらゆる年齢や性別の人を対象にセッション(コンサルティング)を重ねてきました。すると大きなお金を動かす人が対象でなくても、これまで私が積み重ねてきた経験が充分に活かせるということを確信しました。

 

料金も誰が対象であっても一律

エステやマッサージに通う感覚で、溜め込んでいる感情や思いを吐き出してみませんか?

心をスッキリさせるお手伝いをいたします。

 

2020年02月29日

皆さんが騒いでいる観点は?

コロナウィルスの話題で大勢が振り回されている現状を、私は冷めた視線で眺めています。自殺者数や交通事故死者数を考慮すれば、そんなに騒ぐ事でもないと思うのですが皆さんいかがお感じでしょう。

 

日々多数が自主的に絶命しているという事実を前にして、そんな国の在り様がテーマにならないことの方が不思議です。自殺じゃなくても元々がいつ死んでもおかしくない環境で大勢が暮らしている、それが現実なのです。

生きている人間が死亡することは当たり前のことですが、ちょっとしたことでパニックみたいになってしまう、そんな社会の在り様を変容させるきっかけ作りになることは確実だと感じます。

 

2020年02月21日

生きる目的

私が今回の肉体人生で遂行したい事についての説明です。

 

葬儀(フューネラル)とは本来、人が肉体という制約だらけの物質から解放されて自由になったことを祝う儀式だったはず。それがいつからか「肉体死」という最悪の事態が起きてしまったことの象徴的儀式となってしまったのです。

 

どうして肉体死が最悪の事だという価値観が生じたのでしょう。誰もが肉体死を極度に怖れて回避しようとしています。

 

食事や排泄や睡眠や性交を極度に怖れていたとしたら、生きることが苦痛になります。生きるからにはどうせ必要となる行為なのですから、それらを楽しんだ方が人生も楽しくなるのは当然です。

 

肉体で生きているからには誰もが必ず肉体死を迎えます。肉体で生きている間中肉体死を怖れていたのでは人生を楽しめるはずもありません。

「肉体死を楽しみに生きろ」とまでは言いませんが、その時が来ても「いい人生だったなぁ」と思えるくらいは正常なことですし、昔は多くの人が実際にそうでした。

 

現代人のように「肉体死」という不可避の事態を考えたくもないということは、「生きる」ということも深く考えずに生きているわけです。

これほど歪んだ人間社会はない。そのように私は子供の頃から感じていました。

 

ですから「意識的に生きる」ということと、肉体死とは無関係な「霊的価値観」を現代社会に普及させることが急務だと考えます。

この世にその価値観を普及させるために肉体人生を費やそうと決めているのです。

 

皆が「死にたくない」と思いながらも、戦争のような殺し合いを常に繰り広げてきた地球文明は愚かとしか言いようがありません。

 

私はおかしなことを感じているのでしょうか?そうは思いません。

皆さんはいかがお感じでしょう。

そんな地球の人間社会を変えてみようとは思いませんか?

 

2020年02月20日

再度死に損なって

年末に倒れて救急搬送され入院して判明したこと。

それは近年腎臓があまり機能していないため、健康ならば尿で排出されるはずの毒素が体内に蓄積するので意識が朦朧として外出中に倒れてしまったという事実。

 

私は3年半前、息子の誕生と同日に脳幹出血で倒れたのですが、内蔵が無意識で機能するよう指示を出している脳幹が故障すると、心拍や呼吸が止まって死亡する場合が多い。

医師も私の頭部MRI画像を見て「これで生きているなんて奇跡だ!」と驚いていました。

心肺停止はしなかったが、起き上がることも視ることも飲み込むことも喋ることもできないほぼ植物状態からのリハビリに苦労し、健常者に少し近付いてきた3年後になって「腎臓が機能していない」と言われても「あっ、そう」ってな感じです(笑)

良くも悪くも、死ぬはずの人がまだ生きているだけです。

 

毒物を体内から排出する腎臓の機能をマシンで代替する「血液透析」という煩わしい時間が、今後も生きるのならば必要となります。
肉体で生きるのならば食事や排泄や睡眠も元々必要なわけですから、生きるということが更に面倒な行為となってしまったわけです。

 

それでも生きようと思えるのは、わざわざ肉体でこの世に出てきたミッションを遂行したいから。

未遂のまま他界して、またもや別の肉体でこの世に出てくるのは阻止したい思いもあります。

 

肉体という物質に宿った人が存在する時代はもう終わりではないかという意味です。

今は物質の肉体に宿っていて当然の「人」という存在形態。その次元が異次元に移行するという意味。

それはこれまで「霊」とか「魂」とか呼ばれていた存在形態。非物質次元のことなのです。

 

2020年02月12日

改造手術した腕に針を刺しての血液透析が無事に成功しました。
 
年末に意識を失って倒れてから一月半入院した甲斐がありました。
 
残すは首に刺しっぱなしの針を外して透析クリニックを決めたら退院です。
 
機能しなくなった腎臓をマシンに肩代わりしてもらう人生がこれから始まるわけですが、本来なら死ぬはずの自分がそうまでして生きのびるからには「生きる意義」というものを更に重視せざるを得ないわけです。
 
無駄な長生きとならないよう、益々自戒して余生を送る覚悟はできています!
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2020年02月06日

富士山と沈む夕陽です。
 
美しく感じるのは何故?
 
昇る朝陽と違って沈む夕陽には哀愁があるからです。
 
もうすぐ終わってしまうという儚さが美を引き出している…何事にも言える事ではないでしょうか!
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2020年02月06日

腕に太い血管を作る手術を先週しましたが、経過は順調で、数日後には太い針をぶっ刺しても大丈夫となりそう。
 
動脈と静脈を引っ張り出してきて縫合するのですが、そんな不自然な事をして身体に適応するとは限らないので、順応できずに失敗に終わる率も高いわけです。
 
成功しても、改造した片腕を庇って新たな人生を送ることとなるわけですが、首に刺しっぱなしの針が外れて通院できるから退院してシャワーも浴びることができる。
 
それだけでもありがたいこと。
 
このように、歳を重ねて何かある毎に諦める事が増えて多くを求めなくなり、益々謙虚にならざるを得なくなるのですね。
 
だからこそ、生きる楽しみや喜びを発掘する価値が高まるのでしょう。
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2020年02月05日

病院で時間を持て余している日々ではテレビも立派な娯楽となり得るという事が良くわかります。
 
自分の父も他界前はテレビを見るために起床しているようなものでした。
 
言葉は悪いですが、無駄に長生きをしても「テレビを見るために生きているの?」となりがちです。
 
常に多忙で「テレビを見ている時間なんてない」くらいのうちが人生華なのかもしれません。
 
自分の人生の充実度を測る大きなバロメーターである事は確実です。
 
 
振り返ってみる価値は誰にでもあるでしょう!
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2020年02月01日

病棟のラウンジから見える綺麗な富士山。
 
この景観をもたらしているのは実は活火山で、次はいつ活動を始めて多くの人命を奪うのか…
 
それがわかっているから美しく感じるのかもしれないですね。
 
昨夜の地震で起こされて、益々「はかない基盤の上に人生は成り立っているのだなぁ」そう思わされました。
 
だからこそ美しくも生きられるのです!
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2020年01月30日

動脈と静脈を縫合して血液透析ができる太い血管を作るという腕の手術をしました。
 
幼児の頃「人造人間キャシャーン」というテレビアニメを見ていましたが、まさか自分が肉体を改造して生きることになるとは複雑な心境!笑
 
写真の説明はありません。
 
 
2020年01月28日

血液透析をする際に大量の血液を出し入れするために太い針が首に刺しっ放しとなっています。
 
このマヌケな姿を見る度にこれまでの人生とこれからに想いを馳せるわけです。
 
いつ死んでも悔いの無い人生ではありましたが、残りの人生でやりたいこともないわけではない。
 
 
人とは些細な事が生きる動機となるものです。
 
その事をしみじみと感じいっている毎日です。
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2020年01月28日

誰もが痛くて苦しいことを回避したいと考えますが、そのことを死を回避することと混同しているのではないでしょうか?
 
基本的に別の問題なのです。
 
 
ですから死ぬこと自体よりも死に方をこそテーマにするべきだと私は考えます。
 
 
ヤミクモに死を回避することからは何も生まれません。
 
だって誰でも確実に死ぬのですから!笑
写真の説明はありません。
 

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