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2022年 8月
2022年08月30日

自分軸を取り戻す電話セッション

先日、セッション開始前に「どのようなセッションをするのですか?」との質問を受けたため、私の事前の説明不足であることを改めて自覚し、それをセッション名に反映させました。
 
 
子供が明らかに自分軸のある大人に成長した場合、とても扱いにくい人材となって社会適応力に問題が出てきます。
 
人間社会のしくみからして、他人軸に合わせられなければどこに勤務することも難しいでしょう。
 
 
仮に起業をするにしても似たところはあります。
 
裏を返せば、これまでの人間社会では他人軸で生きていれば路頭に迷わず生きてこられたのです。
 
 
マスコミとは、自分軸で生きる人が出ないように制御するためのツールでした。
 
 
マスコミ報道を軸にしている人が、猛暑でもマスクをして現代版ホロコーストであるお注射大会にも参画し続けています。
 
しかし、さすがにそこに気付く人が増えてきているため、他人軸で生きることに疑問を呈しているのでしょう。
 
 
他人軸で生きることで路頭に迷う…
もしかして既にそんな時代へ突入したのかもしれません。
 
他人軸で生きるもその人の自由ですが、自分軸で生きたい人をサポートする自由もあると思うのです。
 
 
わかりやすいよう、それをセッション名にしました。
 
セッション日時は、お客様のご要望に沿えられるよう調整に努めます。
 
 
不特定多数の方を対象にお話をするよりも、一対一ですからより濃い対話ができることは当然のことです。
 
「自分軸で生きる」とか言われても、その自分軸がすぐに解らないのが普通です。
 
 
多くの皆がそのように洗脳されてきたのですから!
 
その自分軸を探る鍵を受け取る。
 
私とのセッションが、そんな位置付けになれるよう願っています。
 
 
詳細はこちら
 
2022年08月30日

今朝の夢

自分は、今回以前に日本に生まれたことがないとずっと感じていました。
なぜならば、日本という国を認識できる記憶が今回の人生以前には何もなかったからです。
 
海外の映像を見て懐かしく感じることはよくあるため、その思いは年を重ねるごとに強くなりました。
 
ところが、今朝の夢は日本の言語に関する遠い記憶でした。
 
自分が日本に関係していなかったならばあり得ない内容です。
「こんな事ってあるの?」という内容だったのですが、起床してからネット検索したらそれは実在していたのです。
 
今の日本は欧米からの影響を強く受けた文化となっていますが、元来はレムリア文明から受け継いだ大自然と見事に融合した独自の文化でした。
 
まだ日本国家がなかったような時代に自分が関わっていたとしても、今の日本国イメージはまるで浮かばなくて当然なのです。
 
私が言いたいことは「夢を見る能力」とは一種の霊能力でもあるし、しかも皆に授けられている能力であるということです。
 
だから「たかが夢の話」で片付けしまうのではなく、その夢が意味するところを深く探求すれば人生が面白くなりますよ~ということをお伝えしたいのです。
 
霊能力や超能力と呼ばれている能力は特殊能力ではなく、本来の人間の能力であったことを私は皆さんに思い出してほしいだけなのです。
 
 
 
 
 
2022年08月24日

龍や蛇とは

子供の頃から、この世の生き物の中でも蛇やライギョなど長くてクネクネする生き物に私はなぜか魅力を感じました。
 
後年に龍魚(アロワナ)という魚を知ってからというもの、その輝きと美しさに魅了され続けました。
 
しかし一度は全身麻痺となり、大きな水槽なんて扱えなくなったのですから仕方ありません(笑)
 
真面目な話、高次元エネルギーが可視化されると三次元の人間には龍や蛇や光に視えるようです。
 
今思えば、自分も求めて身近に置いておきたかった要素はそこだったのです。
 
神社には龍や蛇の絵や造形物がありますし、蛇や龍にまつわる話が昔からこんなに沢山あるのは昔は高次元存在を認識できる人間が多かったのでしょう。
 
それは非物質の宇宙人の場合もあります。
 
生物が三次元形態を採っているとは限らないし、むしろ宇宙では今の地球人には視えない生物がほとんどでしょう。
 
だから私は常々敢えて「非物質」という言葉を使っているのです。
 
 
 
2022年08月22日

両極を共に味わう

ここ数日は日付が変わる頃に異常な眠気に襲われ、連日膨大な量の夢を見ています。
 
今のこの世は恣意的な情報で溢れている社会ですから、異次元からの情報源に頼るしかないと自分が感じている結果起きている現象かと思われます。
 
それら夢の内容の言語化が難しいのは、エゴの無い夢が多いからです。
 
自分が何かを見ている、何かをしている、何かを感じているのならば表現のしようはあります。
 
でもそこに自分がないとすると「全てはただ起こっているだけ」で、自分がどうしようとも思わないのですから言葉にならなくなるのです。
 
おそらく生まれたての子供は誰もがそうだったのだと思うのですが、時の経過で自我が芽生えることで「ああしてほしい」「こうしたい」といった欲求も生じるようになるのです。
 
この世での欲求とは健全なことで、平和で愛に溢れる社会を実現したいことだって欲求なのですから、エゴがなければ何も起きない。
 
三次元とはエゴによる欲求実現のゲーム会場なのです。
 
ワンネスに近付けば、人間ではなくなって三次元ゲームの参加資格も喪失してしまいます。
 
他から搾取してでも自分が優位に立ちたがる人がいるからこそ、この世ゲームは醜くも面白くもなっているのです。
 
「神はなぜこの世を作ったのか」の答えがここにあります。
 
ワンネス状態では、辛さがない代わりに面白さもないのです。
 
そこで、わざわざ皆さんの一部分を地球三次元ゲームに参加させているのです。
 
ところがエゴ(自我)とは無関係に感じられるのが「美しさ」です。
 
例えば、大自然や音楽や言葉や人の生き様に感動するのに、自分の経済状況や肉体健康状態はあまり関係ありません。
 
地球のアセンションとは、人間も他の地球存在と同様にエゴの少ない美しい存在形態に変わること。
 
 
よって、軍も警察も金融も医療も自然と不要になってきます。
エゴを継続したい方は別のゲーム会場に移ることとなるでしょう。
 
それも選択の自由です。
 
宇宙に善悪は無く、全てはそれを経験することに意味があるのです。
 
「生きている意味がない」と感じる経験にすら価値があるのです。
 
今回の人生ではよくそう感じてきた私だから、今でこそ言えることです(笑)
 
楽しい人生を送るように心がけるのは、過去生も含めて楽しくない経験をしたからこそ。
 
その両極の体験が共に人生の意義なのです。
 
2022年08月21日

誤解が普通

何事についても、深く理解するなんてことはかなりの年月を経なければあり得ないことです。
 
特に人間は、すべてを曝け出して生きている人なんて原則いません。
 
 
よって長年に亘って関わらなければ互いの人間性をよく理解できていないのが普通です。
 
もしも自分が誤解されることに敏感ならば、そんな自分も常に誰かを誤解していることや、誤解されるような事を自分が言ったりやったりもしてしまっているという自覚がなければいけないと思うのです。
 
 
これを言ってしまうのも酷ですが、当面は好きも嫌いも誤解で成り立っているのですから…
 
「こんな人であってほしい」と願っていたがそうではなかった場合や「こんな組織だろう」とのつもりで所属したら実態は異なっていた場合、元々そのような理想を投影していたのは自分だったことを人は忘れがちなのです。
 
 
 
相手の人や組織がどうこうではなく、自分がそのように思い込んでいたのというのが大部分なのです。
 
 
かといって「誰に対してもどこにも対しても期待はしない」というような態度となってしまうと、今度は冷たい人だとの印象を与えてしまって支障が出てきます。
 
 
自分を好人物に演出する必要も今の私には全くないのですが、そこのバランスを取ることが難しくて長年行ったり来たりしていました。
 
 
でも今の心境は、不器用でも堂々と正直に生きよう!という気持ちです。
 
初めに好人物と誤解されて後から反発を買うよりも、「最初は変な人かと思ったけどそうでもなかった」となれば上等ですから(笑)
 
 
 
 
 
 
2022年08月20日

辛い時こそ

6年前に脳幹出血で全身麻痺となった際、私は視力までを失いました。
 
手足をまるで使えない身体になってまでも肉体死を迎えられなかったのですから、意識が戻った当初はどんなに前向きに考えようとしても痛みと痺れと痙攣を全身から感じるだけ。
 
 
「それでもこれからこの世で生きるとするならば何をどうすれば…」となってしまう上、意識がまだ半分あの世にあって朦朧としていたことも手伝ってこの世の何にも焦点を合わせられなかったのです。
 
それが「真っ暗闇ではなくても視界が乱雑で何も視えない」という症状となったのです。
 
昨日は精神的ショックを受けることがあり、今朝は再び文字が読めなくなっていたのでこのことに言及しているのです。
 
頭では気分を切り替えようとしても、肉体の機能はごまかせないのです。
 
倒れてからは胃腸や腎臓をはじめ内臓も慢性の機能不全に陥ったのは、肉体で生きようとする意志の欠如でした。
 
まさに病は気から。
 
だからこその【病気】なのです。
 
「文字や言葉で人を鼓舞するような生き方をしよう」と決心してから、一時は横になって呻いていただけの私が今では歩いたり話したりもできるようになっているのです。
 
以後もまだまだ肉体機能を取り戻せるかと思いますが、今世紀になってからの私は病気とはいかに精神的な要因によって導き出されているのかを実体験し、治癒も非物質的に進めています。
 
私はスピリットの話だけではなく、非物質の体が肉体とどのように関連しているのかを自分で実験しているのです。
 
真のホリスティック医療を普及させたい気持ちが私には強いのですが、それは同時に肉体医療業界繁栄の妨害ともなってしまうため簡単ではないのです。
 
最近「医療の闇について石井さんにもっと語ってほしい」とのリクエストがありました。
 
確かに私は多くを敵に回す覚悟ができています。
 
それ以上に喜ぶ人を増やせばよいのですから(笑)
 
不安や心配が病気を誘発します。
 
とにかく自分が明るく楽しくしていなければ、誰を喜ばすこともできません。
 
どんなに辛くて悲しいことがあろうとも、だからこそ更に楽しく過ごすようにすれば肉体不具合も治まるのです。
 
楽しむことがまるで悪い事にように刷り込まれている現代社会ですから、病気を商材にしていれば商売繁盛は固い世の中。
 
皆が楽しく生きて病気知らずの社会… それらを阻止している存在を無視すれば、実は簡単に実現するのです。
 
闘ってはいけません。相手にエネルギーを注ぐことになってしまいますから。
 
 
 
2022年08月18日

偶然はない

キーパーソンとの出逢いは、今回の肉体人生での偶然ではありません。

男女の出逢いの話とも限りません。

今回は仮に男女の出逢いであったとしても、無数の人生の中でその相手とは家族であったり仕事仲間であったり師弟関係だったり…

 

仮に地球では初めての関係発生だったとしても、他の星で関わっていたからこそ地球でも関わることになっているのです。

 

スピリットとは、精子と卵子の確率論的な結合結果ではありません。

肉体だけなら確率論。

他の生き物ならそれだけかもしれませんが、人間の場合は胎児である時期のどこかで肉体にスピリットが宿ります。

クローン技術にはそこの視点が欠落しているため、テクノロジーでの人間増殖には大きな問題が伴うのです。

 

初めて会ったはずなのに親しみを感じる人、それほど関わってはいないのに嫌悪を感じる人などが存在するのは、時空を超えた特定の関係性をスピリットが感じているからです。

 

これくらいは宗教でもなく、もう科学的な話とする時期に地球も入っています。

非物質の科学、それも初級です(笑)

 

 

2022年08月16日

お盆のお話会ご報告

昨晩は私にとって初の試みでした。
 
それはオンラインでのお話会開催です。
 
私が脳幹出血の後遺症でほぼ全身麻痺で指も使えず眼も視えない中を必死で歩く訓練をしていた期間、急に一般社会へと普及したオンライン会議というしくみです。
 
ズームセッションのホスト役を引き受けてくれる方が出てきてくれたおかげで私にも実現したことです。
 
自分にはできないことをやってもらえるありがたさに感謝です。
 
病気や事故で自分にはできない事がこうも増えると、この世で生きていること自体が感謝で溢れます。
 
裏を返せば、自分がまだ生きてしまっている情けなさで圧し潰されないためには、自分にしかできない他の事を皆に与える人生とする他はありません。
 
今の私にできるそれが、人や宇宙ののしくみを語ることです。
最後に皆さんからの質問や意見をうかがったところ、「石井さんはまだまだ遠慮がちに話しているから、もっと踏み込んだ内容で切り込んでも需要があると思う」等の意見を頂いて勇気付けられました。
 
 
よく考えてみれば「変な人だ」と思われないように努力して生きていたのは、自分が普通にも生きることができた時代のこと。
 
学生アルバイトと同じこともできない身体能力である今の自分となっては、思いっきり変な人だと思われても構わないのです(笑)
 
 
だからこれからは、一般常識人からは「変な人だ」と思われることでも、敢えて躊躇しないで語ります。
 
ここ地球においても、宇宙の常識を自分の常識とすることを更に突き進め、地球の常識をひっくり返す覚悟がまだ足りなかったことを自覚しました。
 
この世とあの世を繋げるお話会にご参加くださって貴重なアドバイスまでくださったみなさん、本当にありがとうございました。
 
 
2022年08月14日

変な人

私は会社勤めをした後に自分で起業をしたわけですが、その最大の理由は「変な人」と思われても大丈夫にしたかったからです。
 
 
従業員である間は「変な人」と思われることを慎まなければなりません。
 
 
仮に解雇されなくても、在籍を続けることが困難になってしまうからです。
 
 
肉体死や霊魂や異星人に興味があるわけですから、私には選択肢が他になかったというだけのことです。
 
 
起業してからも金銭獲得に集中できたのは数年だけ。
 
非物質世界について語っていれば、この世の人は見事なまでに離れて行きます。
 
それで躊躇する思いはどうしても断ち切れませんでした。
 
そこで私はクモ膜下出血、その数年後には脳幹出血を起こしてあの世を本格的に体験し、自分がどう思われるかなんて本当に気にしていられなくなったのです。
 
 
変な人だと思われたくなければ、霊魂や異星人について語れるわけがありません。
 
両親とも無事に他界したタイミングで自分のプログラムが発動したということでしょう。
 
親不孝息子にもなり切れなかったのです(笑)
 
そこで明晩は、初めてのリモートお盆お話会を開催します。
肉体死をタブー視していては、アセンションとは無縁となります。
 
肉体は今ならクローンだって作れますが、スピリットとは人間が創ることも消滅させることもできないのです。
 
私はそんな価値観を皆さんと共有したいのです。
 
 
2022年08月13日

肉体死は機種変更

身体がうまく機能している健康な人間の状態は、常に膨大な量の信号が脳を通じて全身をかけめぐっています。
 
それで視覚・聴覚・触覚等の情報を肉体の行動へと反映するのです。
 
 
私は脳幹出血によって一度は全身の情報伝達が滞りました。
 
視界もなくなり排泄は駄々洩れ、手足の感覚が麻痺して熱いか冷たいかも判らず、触覚もないから仮に指が取れても気付かなかったでしょう。
 
私はその経験から「肉体は単なる器である」と断言できるのです。
 
なぜなら、そんな状況下でも非物質の私は視界明瞭で移動もできていたし、それらの経験が今でも記憶されているからです。
 
6年前のその体験によってわかったことが、仮に肉体が機能しなくなっても人の本体は無傷で健全だということです。
 
 
それが、まるで機械が故障をしたみたいに肉体の修理を繰り返すという現代医療の傾向に私は一石を投じたいのです。
 
 
肉体死とは、言うならば料理の器を変えるようなもの。
 
器が異なるだけでその料理はなくならないのです。
 
器を失ってしまった霊魂をもてなすのが「お盆」なのです。
 
15日の20:00~はそんなお話会です。
 
楽しい会にしたいですので、参加者からの面白い質問なども歓迎です。
お待ちしていま~す!
2022年08月13日

そこに触れないのはなぜ?

私は金属とは合わない体質。
アクセサリーや腕時計を原則しないのはもちろんのこと、車のドアノブではいつも静電気ショックを覚悟していました。
 
缶ドリンクも開栓してすぐにグラスに注がないと金属ドリンクに感じますし、スプーンやフォークなんて口に入れるのですから…どんな料理も私には金属の味になってしまうのが嫌で箸が使えるお店以外には行ったことがありませんでした。
 
 
ところが抹茶とフレンチを提供しているという斬新なコンセプトのお店を発見しました。
 
 
フレンチとはいえ箸置がついたお盆の上に料理を出すため、フォークとナイフも出ないのです。
 
 
昔から冗談で「箸で食えるフレンチがあれば行くよ」なんて話していたのですが、なんとそんなお店が実在していたのです。
全く気取ってなくて価格もファミレスくらい。
 
 
というわけで人生初のフレンチレストランに入店しました。
 
お箸で食べれば私なんかでも食材の味をちゃんと感じられる。
まさかの事を普通に起こすのがこれからの時代でしょう。
 
もう既存のルールには縛られないで、それぞれの価値観で生きる時代なのです。
 
「料理を金属で刺して口に運ぶなんておかしい!」
これまでもそう考えるのは私だけではなかったはずだが、それを言葉や態度で示すことが問題視されてきたのです。
 
 
肉体死も全く同じ問題です。
 
私が子供の頃、「死ぬってどういうこと?」と大人に訊くだけで問題発言扱いを受けることが不思議でした。
 
「答えられないことを訊ねるから怒られるのだな…」
これが私の原点です。
 
だから今の私は肉体死をタブー視しないで堂々と語っているのです。
 
 
2022年08月12日

お盆のオンラインお話会は15日の20:00から

皆さん「お盆」という言葉を普通に使っています。
 
実はこれ、多くの現代人がタブー視している“肉体死”を迎えた後の人を家に迎えたり送り返したりする行事なのです。
 
 
お話会のテーマは「肉体死後も人は存在している」という、従来から日本では普通であった感覚で怪談話ではなく普通にお話をしようと思います。
 
私は肉体死に関する講演を行っていますが、まだ各地での講演会は実現していません。
 
場所を問わないオンラインでのこの機会にぜひともご参加ください。
 
オンラインでのお話会は初めてで、ZOOMを使っての開催となります。お気軽にご参加ください。
 
お話会の後半は質疑応答も行い、みなさんと楽しくやりたいと思います。
ご質問などあればぜひこの機会にどうぞ。
 
終了時刻は21:30頃を予定しています。
 
皆さんのご参加をお待ちしています。
2022年08月10日

つながり

最近、それとなく予期していたお客さんとの電話セッションが実現しました。
 
惑星地球にやってくるときの記憶を保持していて、夢でも異星人との交流がある方でしたので、かなり深い魂レベルでの会話が成立したのです。
 
 
私が感じてきていたのと同じく、地球での孤立感が邪魔をして地球での人生をエンジョイし切れていない様子でしたので、私は自分にも言い聞かせるように「これからは宇宙の仲間とも一緒に地球で楽しみましょう!」とワクワクするお話ができました。
 
 
私の「スピリチュアルTV」への出演は、実際にまだ見ぬそんな宇宙仲間にエールを送るのも大きな役割のひとつです。
 
やはりご覧くださっていたようで、半年以上の出演継続でそのような人物と本当に繋がれたことがとても嬉しかったのです。
異星での記憶がなくても異星人との交流が無くてももちろん大歓迎です。
 
たまたま自分もそうだったというだけで、地球外の記憶や交流が特に偉いとか凄いとかの考えも私は有していません。
 
地球での人生について、何なりとお話しくださればきっと突破口が見つかります。
 
 
話すことで半分は解決するというのは真実です。
 
誰にとっても、話す相手がいるかどうかが鍵かと思われます。
疎外感を拭えば必ず人生は好転します。
 
そこに是非とも石井とのセッションをご活用ください。
 
2022年08月07日

あの世に関するお話

私の話を何度か聴いてくださった方から「お盆に際して“あの世”に関連する講演をしてほしい」とオファーがありました。
 
映画監督もされているそのお方が「時代のニーズはそこにある」と考えてくださっての動きのようです。
 
長年私も肉体人生と他界についての関係を模索してきましたから、「そこに関心があるのは自分だけではなかった」と判明したようでとても嬉しいです。
 
というわけでその依頼された講演会とは別に、来週末のお盆シーズン真っ只中のタイミングで“あの世”に関するお気軽なお話会をオンラインで開催します。
 
どちらも詳細が決まったら別途告知をしますが、ご意見ご要望等があれば遠慮なくコメントをください。
 
よろしくお願いします。
 
2022年08月07日

意識世界にも変化が

私は長年、睡眠中に見る夢からもヒントを得てきました。
 
数ヶ月に一度とか数年に一度、そうかと思えば連日夢の続きを見る例にも複数パターンがあり、それぞれの異世界を楽しんでいます。
 
ところがここ数日間、前例のない異世界体験が続いています。
これまでに比べてあまりにも異質、言語化して説明ができない夢の内容です(ただでさえ言語化はほぼ諦めていたのですが…笑)
 
 
ここ数年で三次元物質世界の変貌を自覚している人は多いでしょうが、意識世界(夢の世界)にも急変が訪れているようなのです。
 
アセンションとは物質三次元世界だけの変化だと捉えている人もいるのかもしれません。
 
でも人とは元々が肉体・アストラル体(霊魂)等々の多層多重次元存在ですから、アセンションによって地球人の非物質存在形態も変化を迎えているのでしょう。
 
非物質スピリットの部分は、今は同じ地球人であってもどの星のどの次元からの影響を強く受けているのかが人によって全く異なります。
 
これについては地球人お得意の優劣や順序をつけられる性質のものではないため、言及はここまでにしておきます。
 
これからは、人の波長・波動・周波数で同調したり住みわけが進んだりといったことがより明白に顕現してきます。
 
重ねて言いますが優劣の問題ではないのです。
 
無理に統合や分裂をさせる必要はなく、波長が合う合わないから自然と引き合って分散するのです。
 
「同じ三次元内でも多次元化が進む」とでも言いましょうか。
 
 
 
2022年08月04日

選択肢

事故や病気は天罰が下ったと考える人もいることでしょう。
でも実は、それが自分のプランだったりもします。
 
この世での人間はどうしても肉体の自我を優先してしまいますから、肉体を有していないガイドが敢えてハンディを与えるのです。
 
生れる前の計画(人生の青写真)と言えば肉体自我ではないことが明白になりますからそんな表現もしますが、リアルタイムで予定変更をする場合もあります。
 
器用貧乏とはよく言ったものです。
 
「これしかない」と的を絞って積み重ねれば紆余曲折の末に叶うことであっても、「ああしようか、こうしようか…」なんてぬるい境遇が続けばどれも叶わないまま年を重ねてしまいがち。
 
私は自分自身の経験を語っているだけです。
 
選択肢が多いということは、恵まれているようでいても決してそうではありません。
 
あれもそれも今は無理だが、これだけならできる!と決意して行動することが道を拓くのです。
 
すると拓けた道のその先で、かつては無理だと感じていたものも実現するのでしょう。
 
やっていない事の中から今できる事を選択する
 
シンプルなようでいて、私はこれが深い人生哲学だと感じています。
2022年08月03日

共通認識

小学校の理科の授業で宇宙空間の授業があった時期から思春期まで、私はよく星空を眺めて一定の時間を過ごしていました。
 
 
田舎では星がよく見えたから…ですが、上京してからは不審人物と疑われないようにとの配慮もあって星空観察は止めてしまいました。
 
 
実はもう一つ止めてしまった理由があります。
 
 
地球では、視覚認識できる星の位置や大きさ明るさで星座や物語等が語られるわけですが、宇宙とは物質ではないと私は確信したので波動を感じることに重きを置くようになったのです。
 
視覚認識に惑わされたくはなくなったのです。
 
 
長時間夜空を眺めていると流れ星はもちろん色んなものが見えてくるので、人によって見えているものが異なるということに薄々気付いてきたのです。
 
それを「幻影・幻覚」と見なされれば危険人物扱いをされてしまう可能性も高まります(笑)
 
つまりは誰もが主観で宇宙を見ているのであって、客観的な事実なんてどこにもないのではないかという感覚が強まったのです。
 
しかし、皆が共通して意識している何かは共通して存在している。
 
 
だから人間は誰にでも認識できるが、宇宙人や神様は認識できる人と認識できない人がいるのです。
 
人によって存在の有無が異なっているのですから「いるかいないか」という話にもなってしまうのです。
 
誰もがあると認識しているものは出現してくるという意味でもありますから、数年後には地球で認識されるものが急増するのでしょう。
 
2022年08月03日

分離はなぜ起こる

今の地球人は自分とは分離している誰かがいる、自分とは分離している何かがある、という概念を若い頃から養います。
自分以外の誰かのことも惑星地球のことも全部自分の問題だとして捉えていたら、今の地球は毎日が辛くて悲しいことで溢れてしまい生きて行けなくなりますから、自己防衛のためでもありますね。

決定的なのは、肉体は繋がっていないから別物として扱ってしまうのです。
ところが意識体は非物質ですから実はすべてが自分です。
集合意識とは、肉体は個別のようでも実は誰もが繋がっているという意味です。
地球の悲鳴を感じ取っている人は実際にいるのです。
物にも愛着が湧くのは、物の意識と共鳴しているからです。

とにかく、すべてが非物質の意識であり繋がっているということを皆が認識すれば、人に対しても自然に対しても物に対しても、一切の害する行為は自然と消滅するのです。

だから私は、「宇宙も人も非物質である」と重ね重ね説いているのです。
そして、その繋がっている感覚を「愛」とも呼ぶのです。 

2022年08月02日

この世もすでに四次元

本日のスピリチュアルTVはこんなタイトルで話してみました。
 
時間と空間の制約でがんじがらめにされていたのがこれまでの三次元でしたが、気付けばこの世でも大移動をすることができるようになったし時を越えて視聴体験できるものにも溢れるようになっています。
 
 
本来ならば肉体を離れて自由に活動できるスピリットの状態でしか叶わなかったことが、三次元にいながらも実現し始めているということです。
 
これはこの世とあの世が隣接している証拠でもあるので、改めてこれを話題にしてみました。
 
あの世と聞くと不吉な印象を持つ人がいるかもしれませんが、この世があの世に近付いていることは真実です。
 
次回の生放送は8/16(火)の10:00を予定しています。
 
これを視聴して「肉体死を迎えることは怖れることではない」と感じていただければ私は幸いです。
 

2022年08月01日

都市部からの脱出

都市部への一極集中に無理が生じて分散する傾向というのは、どの星のどの文明でも一度は辿る道程のようです。
 
テレパシーが使えない今の地球三次元では、テクノロジーがそれをサポートしています。
 
長年きまって殺戮・破壊兵器を中心にビジネスのためだけに利用されてきた地球のテクノロジーが、ガイアとのバランスを取り戻す方向で使用され始めているのですから、これは地球文明にとって画期的な転換期となっているのでしょう。
 
これまでは効率的な搾取を実現するために民を一極集中させてきていたものが、今度は民自身が喜びや幸せを求めて分散を始めているのですから意味合いも全く逆なのです。
 
民を利用してきた側が次々と失墜を始めてきたから自然と加速している現象とも言えます。
 
小規模で人を集めて何かをしようと企てても、今すでに「リモートはないのですか?」訊かれるくらいですから、人間社会の在り方の変化を肌で感じざるを得ません。
 
コロナ騒動がきっかけともなり、数年後の地球はかなり異なる文明形態となっているのでしょうね。
 
2022年08月01日

人間社会の不思議

私は小学生まで、誤魔化したり嘘をついたり全くできない不器用な子供でした。

それで当然のことながら中学ではイジメに遭いました。

 

家庭環境による影響も多いでしょう。

10歳頃までには多くの子供が、相手への発言を控えたり自分には興味がなくても相手に同調したりするいわゆる協調性が養われるのですが、それは一朝一夕で身に付くことではありません。

 

よって中高生時の自分は人間嫌いのほぼ自閉症で、音楽に逃避するようになりました。

それだけでは賃金を得ることができない、かといって就職をすれば苦手な人間関係に疲弊して心が病んでしまい、若いうちは何をやっても長くは続けられませんでした。

 

世の中にはこのような人が必ず一定数はいるはずです。

誰もが小さな嘘さえつかなくても皆が楽しく暮らせる人間社会の実現を夢見たわけですが、それにはスピリチュアルな価値観が不可欠です。

人には本当にそれぞれの個性があります。

それなのに近年は画一的な基準で人を評価する社会のしくみだったから、今の地球は無理な生き方を強いられている人々で溢れかえっているのです。

 

皆がもっと自由に幸せや喜びを感じる社会。

他の星ではもちろん、実はかつての地球でもそうだったのだという確信が私にはあります。

 

肉体での生存だけに執着しないことが重要です。

怖れとは人間を制御するためだけに植え付けられている感情なのであって、そもそも人とは非物質のスピリットなのですから。

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