お知らせ

2019年 7月
2019年07月31日

終活とは

医療・介護や葬儀や墓や土地やカネのことについてどうこうする事が「終活」だと思っている人が多いでしょう。「終」という言葉を当てているくらいですから、肉体を有する物質の世界から去ることが全ての終わりであるものと思い込んでいる価値観の表れですね。これでは肉体死後に慌てて混乱する人が多いのはごもっともです。

 

実は肉体死とは単なるプロセスです。芋虫が固まって蛹となり、更に羽化して蝶となることを知らない子供が蛹を見て大騒ぎしているのと同じようなことを、いい大人の皆がしている滑稽な様子が現代社会の特徴として見られるのです。

 

イモムシが幼虫であることを、その成虫の姿を全く知らなかったのなら、そうもなりますよね!笑。

 

「終活」も、上記の関連で金儲けをしている人たちが見込み客にお金を落とさせたくて努力を重ねた結果として普及している言葉です。

 

これまでイモムシだったのに、蛹になったのなら蝶になる心構えが必要ですよね。でもそのことをほぼ誰もどこでも教えてくれないのが現文明社会なのです。嘘を教えて儲けている人は沢山いますが…笑

 

肉体生死についてキチンと学んでおかないと、結局、必ず困るのは自分自身なのです。

2019年07月29日

あの世の実情

「人とは非物質の霊魂と物質肉体との複合体なので肉体死を怖れる必要はない」
私はそのような事を繰り返し説いています。私は実際にあの世を今生でも体験済みですので、そこを訂正したりする必要はないのですが、あの世にもあの世の事情があるのです。

 

この世で「死」や「あの世」の教育を一切受けずに他界する現代人の場合、肉体死を迎えてもやはりスムーズ移行できないので、あの世での迎え入れを促す担当者が存在します。この世に肉体で生きていながらも、あの世で彷徨っている霊をサポートする訓練をしている人も存在します。

 

それでも一挙に億単位の死人が出るとなると、どうしてもあの世の混乱を招いてしまうため、徐々にスライドさせるよう配慮がなされているのです。ですから皆がこの世に肉体で生きているうちに、まともな「死」や「非物質」の概念を浸透させることがとても重要なのです。

2019年07月28日

種の保存

昨夜はなぜか胸騒ぎがして眠くならず、3時頃までPCに向かっていました。「それでもそろそろ寝るとするか」と横になって程なくグラグラ揺れる感覚があって、後に物理的な揺れと体感がありました。揺れている時間は長かったようにも思いましたが、報道では大した規模ではなかったようですね。

 

地球も生きていますから、たまにはくしゃみや咳をします。特に近況は地上で星をムズムズさせる事柄が相次いでいますから…

 

昨夜のようにいつも屁やゲップ程度で済ませてくれれば助かるのですが、この地上の状況からして下痢や嘔吐だってあるのです。人間以外はそれを感じ取るのが普通ですが、人だけはそれを霊能力・予知能力などと呼んで特別な扱いをしている劣等種です。

 

生物として備わっていて当然のものが現在は人だけに備わっていないのです。非物質霊魂が物質肉体に宿ったことで、生物をはじめ宇宙も何もかもが物質でできているなどという、とんでもない勘違いをしている人が現代人の主流です。PCだけ立派なモノを作っていても、ソフトウェアという概念がないが故にソフトメーカーも製品もない・・・
PCがあっても何の意味があるのでしょう(笑)

 

あらゆる種から奪って絶滅させることだけが種として優れている証拠だと考え、それを実践してきた人という種。こんなマヌケな種を、よくも地球はここまで放置しながら養ってくれたものです。

 

だから、そろそろ人類も目覚めて「人という種を存続させてもよいかもしれない」という方向に持って行けるかどうかの正念場なのです。

2019年07月28日

非物質エネルギーの解明

人の場合なら霊魂という呼び名があるからまだよい。星にもその他生物にも植物や鉱物や工業製品にも非物質エネルギーとしての側面があり、それらを感じられる人は現代でも存在しています。しかしそれらには名称すらないというのが現地球文明の実情です。

 

かつての地球には各地でそのような意識の開けたいろんな部族が存在していましたが、現在の文明人と呼ばれる特別に愚かな種の手によってほぼ絶滅されてしまいました。そして日本人とは基本的にそれでも生き残った僅かな種なのです。欧米に感化された現在でも、日本人であれば欧米人には理解できない非物質エネルギーを感じ取る潜在能力が今でも温存されているはずです。

 

私は今回、敢えて日本という不慣れな地に肉体で生まれました。そのようなスピリットは私だけではありません。たとえ他国に異なる人種で生きていても吸い寄せられるように今の日本に集まってきている人たちまでいるのです。私も脳幹出血で死後世界を体験してまで、まだこの国に日本人として肉体を有しています。

 

この世での計画未遂のままであの世に還ることはできなかったのです。

この世でのプランが完遂して安心して帰還できますように!
(いつになることやら…笑)

2019年07月27日

物質だけでも非物質だけでも片手落ち

現文明の地球人は皆が物質や金銭の価値観に染まってしまっています。物質世界を解明することによって宇宙や命をも解明できると妄信しています。

 

科学という言葉は物質の探求という意味になっていて、究極のミクロが物質ではないということが判明してからのここ百年近くは思考停止状態です。だとすると、生命や宇宙は俗に言う宗教やオカルトでないと説明できないし、現地球は物質的側面しか信奉していない学者ばかりだから困ってしまったのです。

 

生命や物質や宇宙とは物質的側面と非物質的側面とを併せ持っています。人で言えば肉体も霊魂も両方あるのです。ほとんどの人がお盆で死者の霊をお迎えしたりお墓参りをしているのですし、その感覚は異常ではありません。むしろ「科学的」と称して物質の解明だけに明け暮れている学者の霊性の低さが、近年のこの星の文明を低レベルなものに留めてきたのです。

 

霊魂を信じる庶民の感覚の方が、宇宙や生命の真相を探求するのに相応しいのですね。物質を探求するだけの片手落ちの行為を「科学的」と称する時代はもう終わりにしなければなりません。
人でも宇宙でも、それらの非物質側面の究明が求められているのです。

2019年07月24日

敵は外にはいない

約3年前に脳幹出血で意識不明の重体となった私は、寝たきりで発声も唾の飲み込みもできず、眼も視えず全身も動かず心臓と肺だけ動いていて「このまま死亡しなければ一生植物状態か」と医師にも憶測されるところまで行ったのに、あの世を体験した後に意識が戻って身体も少しずつ動くようになってから約3年が経ちました。

 

歩くことを中心に、人としての身体機能を取り戻すために連日訓練を積んできました。約一年くらいで視力を取り戻したときの歓びは大きなものがあり、未だに空や雲を眺められるだけでも感激です。ただ、立ったまま見上げようと首を上げるだけで転倒しそうになるため、夜空を見上げることはまだ危険で躊躇しています。

 

半年前に仲介屋の担当者とヨレヨレ歩いて探して決めた妻のサロン兼私の事務所には、これまでバスと電車を乗り継いで行っていたのですが、今日初めて徒歩で往復できました。健康な人の足で片道30分くらいですが私にはその倍くらいかかります。それでも躓くこともベンチに座り込んで休むこともなく歩いて移動できたことは感慨深いものがあります。倒れる前ならば100m走で10秒切ったくらいの快挙です(笑)。

 

傍からしてみれば「たったそれだけのこと」であっても、基準は自分の中にしかないので達成感も喜びも伴うわけです。

皆さんにお伝えしたいことは、他人との比較で勝ち負けを競うことの虚しさです。何であってもクリアする基準は各々が決めることであって、他人のモノサシでは意味をなさないということ。

すべては自分との闘いなのです。

2019年07月22日

そんな社会の形成でも皆が実現させたのです

昨日投票所となっている小学校に行って手にした投票用紙の紙質に、私は恐ろしさを感じました。

 

改竄することが前提のあれ、もはや紙とは呼べない(笑)。事実上買収されている報道機関も含めてどれだけの不正が実践されているのかを憶測すると、もはやこの文明は末期症状。

 

真剣に考えて投票している人も少しはいるので、国民皆を「頭の弱い家畜」として当然のようにバカにしてもてあそぶ集団が国家を運営しているという状況が、今の厳然たる事実です。

 

ここまで闇を前面に打ち出して政を行ってきた地球の過去はありましたが、地球の自浄作用が併せてはたらいて、決まって人口が激減して家畜自体がいなくなってしまい文明の変革を余儀なくされるような天変地異等がこの次元で起きました。今回は人災かもしれません。そのことを懸念せざるを得ないような実情ですね。

 

未だに個人の利害だけから既存政党に投票している愚かな人が減っているとはいえ存在しているのも事実。ですから何があっても自業自得というわけです(笑)。

2019年07月18日

選挙の意義

世の中が妙に静まりかえっているような感じがします。

 

「投票に行こう」「○○を当選させよう」とかの情報が氾濫していて、きっと皆さんも思うところ色々あって様子見になっているのでしょうか。

 

確かに自分が当選したいが故に出来もしないことを熱く語っている人も毎回のごとくいるでしょう。だから余計に皆が困惑しているのだと思います。

 

今は文明の大転換期だと薄々感じている人が多いだけに、皆が慎重で疑心暗鬼になっているとも言えます。しかし誰が当選してもそれが変革のきっかけにはなるのです。これまでのような政治家では本当にマズイと皆さん危機感を持っていることでしょう。ではどうすればよいのでしょうか?

 

既得権益を保持しようと躍起になって嘘をついて裏工作している人を失墜させることが、有権者にできる最大のことです。敗戦後の日本はアメリカの事実上の植民地でしたから、アメリカの決定事項を遂行できる人だけが日本でも陽の目を浴びてこられました。もうそのアメリカも国際警察として振舞う余力がなくなって自国のことで手一杯。離れた島国を制御することにも興味がなくなってどうでもよくなっているからチャンスなのです。

 

政界に長いこと居座ってきた愚かな政党や個人を引きずり降ろすことは国民の投票でも可能です。その努力を無効にさせるはずの裏工作が効かないくらい国民の熱もあがっているように思われます。政治屋じゃなくてまともな政治家なんてもし誰がやっても大損でしょう。

「もっとまともな人が国を動かすべきだ」との皆さんの熱い想いが反映されますように。

2019年07月15日

劇的変化の時

近頃、睡眠中の夢が忙しいです。今朝、この世界では眠りすぎで顔がむくんでいたので思わず写真撮影してしまいました(笑)。

 

私だけではなくて今の地球人全般の傾向として起きている現象だと思うので記事にしてみました。つまり、これまでは割と強固であった異次元との境目が脆弱になって行き来がしやすくなっているのかと思われます。夢での登場人物も明らかに現代地球人ではない種が混ざっていました。

 

長かった鎖国が解かれた時代に外国人を見た日本人が「南蛮人」とか呼んで騒いでいたような事が間もなく起こるのかもしれませんが、しばらくすれば慣れて当たり前になるのでしょう。今の国家や政治や経済とかのくだらない仕組みも新たに構築せざるを得なくなるでしょう。「人」という種の低レベルな一部のみが分裂していがみ合って作ってきた今のくだらない地球文明の仕組みは、崩壊してしかるべきです。

 

新しい時代の自分のありかたを決める覚悟はできていますか?

誰かが決めたことに多くの人が従っていただけで済んでいた、人であっても家畜のような時代はもうすぐ終わりです。

人とは知的生命体です。家畜と違って人生とは自分で切り拓くのが本来なのです。

 

既存の法制度では、選んだはずの上に立つ誰かに期待していても失望が待っているだけです。

牧場管理者が誰であっても家畜は家畜なのです…毛を剃られたり乳を絞られたり労働に駆り出されたり食材になったり皮を剥いで利用するために家畜は存在しているのですから。

 

その仕組みに抜本的に着手する時期がついに訪れるのです。

2019年07月12日

ささやかでも諦めないで継続する

3年前に脳幹出血で倒れて意識不明の重体になって以来、私は全身の感覚がほぼ失われてしまいました。

 

リハビリ病院で立ったり歩いたりの大雑把な練習をしている間も、風呂は危険だから監視されていて頭を係員に洗ってもらっていました。天気シェーバーで髭は雑に剃っていましたが、刃物は危険で厳禁。爪切りなんてもっての他でした。

 

退院する頃には少しずつ全身の感覚も戻ってきていましたが、退院後もシャワーは倒れないように手すりにしがみ付きながら介護用椅子に座って済ましていたし、爪切りも肉を切ってしまわぬよう雑に切るのが精一杯でキレイに切れたためしがありませんでした。

 

手のリハビリで布袋の中に入っている積み木の形を当てる作業もしていたので、正に乳児に戻った感覚(笑)。以後も一生他人の世話を受けて生きて行くことは避けたかったので、ここ2年は移動中にも手の指を動かす訓練をしたりと工夫して自分一人でできる事は常にしてきました。そしてついに今日、キレイに手と足の爪を切ることができたのです。

 

処方された錠剤の薬も、自分では飛んでいったり落としたりで飲む分がなくなってしまうので誰かに袋詰めしてもらっていたのですが、今日トライしてみたら自分で子袋に小分けできました。一度はあそこまで失っていた指の感覚が少しずつ取り戻せているのです。手すりにつかまっていないと直立することも難しかったのですが、直立も数分ならできるようになりました。

 

どんなに絶望的なダメージを受けても諦めずに希望を持って取り組めば徐々にですが何とかできるようになるということ、身をもって経験しています。

2019年07月11日

死ぬことを問題視しない生き方

ここ数年の私は、3年前の脳幹出血以来いつ死んでも何の不思議もないボロボロの健康状態が続いているので、元々の感覚が経験上の裏打ちを得た心境です。

 

それは「肉体死を問題視しないことがいかに重要か」ということです。

 

現代人のほとんどが肉体死を必要以上に怖れています。それは即ち、赤子の誕生は喜ばしいことではなくて確実に問題が発生することを意味しています。老人になっても皆が死を避けようと努力していたのなら、少子高齢化はごく当然のように加速してしまいます。

 

「勝ち組・負け組」という言葉が一般的に使われていますが、生死を超越したマクロ視点では、
長生きしてしまったら負け組、早死にできれば勝ち組という枠にもなりかねませんね。
ただ自殺で早死にしても、それは「反則技を使った」と一般社会でも扱われるでしょう。

 

肉体死を問題視しなければ、おおよそ全てに何も問題などありません。永遠の寿命を有しているかのごとく錯覚しているから、人生が問題で溢れかえってしまうのです。

 

現代地球人ならば数十年以内にほぼ死にます。どんなに大問題であると認識していることでも、そう遠くはない時に問題ではなくなってしまうのです。仮に周りで「死ね!死ね!」と口走っている人がいても、将来その人自身が死ぬ事は確実ですから、自然と解決してしまうのです(笑)。急いで自分がどうこうしようとは考えないで、のんきに構えていればよいだけのことです。もしかして自分の方が先に死ねるのかもしれません。すると楽しみにはなっても死の恐怖というものは自ずと消えて行くでしょう。

 

自分とは考えや行動が異なる人がいても、それが自然なことです。それを問題視しているうちは、自分だけが地上にいつまでも存在していていると錯覚している証拠です。一切のこだわりを捨てて、短い人生を軽やかに楽しく生きましょう。

2019年07月06日

沈黙

一度は熟読しましたが、改めて遠藤周作著の「沈黙」を読み返しました。私が生まれる前に既にこのような作品があったにもかかわらず、現在でもあらゆる宗教信者が世界中に存在しているという事実は、宗教とは人類にとっていかに重いテーマであり続けているものかを思い知らされる気分です。

 

90年代に他界している著者自身も、幼少の頃から親の事情でキリスト教徒とさせられたため、長年かけて募らせてきた宗教信仰への疑問や謎を作家になってからブチまけた感があり、多くの作品で布教者や信者の葛藤を描いているようです。

 

布教の野望を胸に日本で信者を増やそうとがんばっていても、日本で信者となった者は拷問を受けて殺され続ける姿を見せつけられる宣教師の苦悩を、ほぼ史実に沿って小説にしている作品です。

 

熱心な宣教師の祈りや願いにも神は一切応えることがないから作品名は「沈黙」なわけですが、いろいろと考えさせられる素材でいっぱいです。人は孤児であったとかでもない限り幼少期の親の影響から、いい大人になっても「見守ってくれている」「誰かが助けてくれる、救ってくれる」等の望みを抱きやすいのです。それが宗教ともなると「生きているうちには報われなくとも死後に天国で神(天使)が待っている」という扇動もできるのですから、この世での最強洗脳ツールともなってしまうのです。

 

肉体を脱ぎ捨てればこの世よりも想いが現象化しやすいのは事実ですからまるっきり嘘だとは言いませんが、この世で長生きして金銭や名誉や支配を得たい欲の塊みたいな人たちのツールとなってしまっていることが宗教の問題なのです。

2019年07月01日

知性とは何か

今年も半分が過ぎ、「何も変わらずのままだ」という人から「昨年以上に今年は変化が激しい」と感じる人まで様々でしょう。

 激しく変化していると感じている人たちへのメッセージです。

 

悪しき学歴社会の弊害で、現代日本人は「単語や用語等をたくさん知っているのが知的な人である」という概念を持っています。でも実は違います。

それならば、機械やコンピューターの方が概ね人よりも知的な時代に入っています。

 

人にとっての知性とは、言い換えれば「霊性・神性」であるのです。それはざっくり言えば宗教とは無関係に「知恵」とされているものですね。ところが大量の人を騙したり脅したり殺したりできることが知性であると履き違えた上、現在進行中でそれらを実践している地球上の愚かな種が「人」という種です。

 

何事も栄枯盛衰は必然。この星を舞台にさんざんとっ散らかして栄えてきた「人」という種が衰退して滅ぶことはとても自然なことでしょう。何も初めてのことではありません。たかだか数千年数万年の言い伝えや壁画等の記録にもそれらは遺されています。その度どのようにしてリスタートを切ったのかは低知性な現代人が知るはずもないでしょう。

 

ところが今回の文明の終焉は、いつもと同じく滅び行く獣(人)とは別に、それを乗り越える知的生命体が「人」という種から一定数出現するのではないか・・・大ざっぱに言ってそれがアセンションとか呼ばれて騒がれている理由です。

 

物質や時間や空間の認識が変わる人が出てくるという意味なので、これまで通りに直線時間軸上だけでカネや権力や名誉や性欲や食欲を満たしたくてほぼ獣として生きてきた人からしてみれば「何も起きなかった」「ただ皆も自分も死んでしまう」との認識となるのかもしれません。

 

新たな時空や非物質を認識するようになる人にとっては地上天国の始まりですね!