お知らせ

2019年 4月
2019年04月30日

知性とは?

半田広宣氏の新作をじっくり読了しました。半田コウセン氏の著作の初版を手にしたのは20年前。ずっと愛読してきて、霊能者である今の妻と初めて会った日の6年前にも手渡したくらいの愛読書でした。

 

ちなみにコウセン氏の旧友であるマロさんという、数とカタチの研究者が同著作に登場していて、なぜかそのマロさんが私にとってはコウセンさん以上にインパクトがあり、今の妻が当時住んでいた名古屋の近所にマロさんも在住で、マロさんと妻が直前に知人となっていたことから、妻と初めて会ったその日にマロさんにも同席いただいでコウセン氏の話でも盛り上がっていたのでした。昨年末も東京にレクチャーでいらした際に我が家で宿泊して2歳の息子とも遊んでもらいました。

そして6年前、そのマロさんが登場しているコウセン氏の著作を後に妻となる占い師に手渡しました。コウセン氏は福岡に在住なので私が会えたのは後日に東京でとなります。私はその頃静岡県に住んでいました。私は何度かお会いしただけですが、彼の提唱する「ヌーソロジー」に入れ込んでいた私はこの思想を普及させるべく、あれこれ偉そうに提案していたのでした。

 

そしてこの度出版の運びとなった新作のコンセプトである映画を題材としたこれも、「有名な映画で良質なものもあるから映画作品に喩えてヌーソロジー解説をしたら良いと思う」と熱く語っていたので、我が事のように喜んで熟読しました。

たまたま20年前の同時期に公開された映画「マトリックス」、私も「なんて上手くこの世の錯覚を表現しているんだ!」と感心して何度も見ました。「2001年宇宙の旅」もDVDソフトを買って長年鑑賞してきました。新作著書ではその両作品が話題になっています。

 

私も霊能者の彼女と結婚して2年半前に息子が誕生しました。その息子の誕生日当日に私は脳幹出血で意識不明の重体になり、数週間植物人間となっていわゆる臨死体験的なものも経験しました。今のように再び起き上がって歩いたり喋ったりという人間としての機能を取り戻すのに必死だったこの2~3年、東京の講演ついでにリハビリ病院にまで見舞いに来ていただいたコウセン氏のためにもヌーソロジー的な概念を私なりに普及させるよう工夫しています。そうこうしているうちに息子はもう2歳半。走ったり話したりしています。コウセン氏の言う「奥行きの子供たち」となりそうな気配です。

 

物質科学が万能であるかのごとく歪んで発展してしまった今の地球人類が、サルや獣とは異なる知的生命体へと進化するために必要なことは、つまるところ「死の理解と克服」だと私は考えています。嬉しいことにコウセン氏の考えもそこに辿りついていることを垣間見ることができる著作でした。

 

20年ほど前のコウセン氏の著作はチャネリングの形式が採用されていて、冥王星のオコツトと名乗る宇宙人とコウセン氏のやりとりが軸になっています。私の解釈では便宜上そうなっているだけで、遠く離れた、いわゆる宇宙人との物理的な交流(テレパシー)ではなく、コウセンさんの非物質知的側面の表れであるのだと私は解釈していました。エササニという遠い星にいる物理的なバシャールと名乗る宇宙人的な存在が地球にいるダリルアンカと交信しているのではなく、ダリルアンカの未来生が過去生の地球人であるダリルとやり取りをしている…つまりは時と空間を越えて自問自答している様子を、「知的生命体が物質である」と勘違いしている地球人にも理解できるよう、便宜上宇宙人であるという設定がなされているのと同じことです。

 

私は今生肉体死を経験するというあまり無い経験をして、それでもまだ肉体を持って生き続けています。話も今では普通にできます。

記憶も明瞭にあるこの貴重な経験を活かして、地球人類の概念を刷新するため、以後も私なりに工夫して発信をし続けようと決めています。この本、あらゆる人にオススメです!

2019年04月08日

サルから知的生命体へ

興味があってもお越しできなかった読者のために、私が一昨日の講演でお話した内容の概要をかいつまんでここに書きます。

速い話が「長い間サルみたいな動物として存在した地球の人間というものでの生存形態の文明実験が終焉する時代を迎えている」という話です。

 

獣は物質としての生存維持を目的に繁殖して、他の存在を駆逐したり騙して搾取したり利用することが重要でそのために懸命な努力をしてきました。大衆は自分が一部の人に搾取利用されていることがわかっていても、同じく自分の物質的死を怖れて物質の肉体を維持するためにそれに耐えてでも生きようとしてきました。

 

ところが明らかにそうではないスピリットが肉体を持つ時代に入っているのです。優しくて性欲がなかったりアブノーマル性的嗜好でお金とは無関係な事に興味を持つ。搾取利用されるだけの家畜的な生き方をよしとはしないで、むしろ簡単に自殺を遂行する。要するに獣としての生存本能が廃れているのです。カネや名誉や権力のために人生を犠牲する人は減る一方です。

 

これは明らかにこの星の文明実験プログラムが書き換えられているのです。知的生命体をサルに宿らせること自体に無理があったと判断されたのでしょうか。

 

まだしばらく生存するとして、人間とは、生と死とは何かという概念を塗り替える必要が多くの人に求められるでしょう。人間がサルから知的生命体にシフトしようとしている劇的瞬間なのだと私には感じられるのです。

2019年04月07日

講演会ご報告

昨日4/6(土)の講演は無事に終了しました。お越しくださった皆様、ありがとうございました。

自分の講演時間の1時間はあまりにも短くて言いたい事をあまり言えていない感もありましたが、今地球で起きている文明の変化や地球人類の向かっている方向性のお話を全般的にしました。皆さん黙々と真剣に聞き入ってノートをとられていた方も多く、長年この「サトルエネルギー学会」に出入りしてきた(20周年だそうです)会員の方々も懇親会に参加されて色々意見をくださいました。

私の考え方や話の内容の独自性に感心されて未来を嘱望される嬉しい意見が多く、私も「子供の頃から自分が感じていたこの星の疑問や解決法を探求してきたことは無駄ではなかった」と嬉しくなりました。私の話す時間がもっと欲しいということはお客様も感じていたらしく、主催側も感じてくださって、「近日もっと何時間も話す機会を設ける」と言ってくださいました。

ありがたく嬉しい一日となりました。頼んでもないのに勝手に私のことを「サトルエネルギー学会」に話してこのような展開を導くきっかけを作ってくれた山田さんにも感謝です。わざわざお越しくださった知人友人の皆様もありがとうございました。

また次の予定が決まったらここでも告知しようと思います。これをお読みくださっている皆様、これからもよろしくお願いいたします。

 石井数俊(セイジョウ石井)

2019年04月04日

個人か星の仲間か

今日も妙な天気でしたね。最近朝晩は急に冬かと思う寒さになったり昼に陽が当たると暑いくらいだったり、桜も満開じゃなくても散っていたりするので観察していて面白かったです。私はいろんな木があっても良いと思います。

 

皆が一気に満開になったり散ったりするよりも、枯れた木みたいにしょぼいのがあったり花が咲かない木が混じっているのもそれはそれで楽しめると思います。全部が一気に咲いたり散ったりは軍隊教育の成果みたいで私はおぞましい感があります。日本人の国民性からするとそれを良しと感じる人が多いのでしょう。少し危険ですね。

 

2012のアセンションとかで世間が騒がれていた時期に、それこそ雨後の竹の子のごとくそれ関係の書籍が出版されていて、私はほぼ全部を読破したと思います。(笑)その中には「○○人が覚醒しなければアセンションは失敗に終わる」みたいな著述も多かった記憶があります。私は「これじゃアセンション宗教だなぁ」と感じて読んでいたのですが(笑)この星に生まれてどう生きてどう死のうが個人の問題なのであって、誰々のせいで成功した失敗したというのは幼稚すぎる発想だと私は思います。できれば明後日4/6(土)の講演でもそれについて触れてみようと思います。