お知らせ

2019年06月18日

獣の生存と知性

物質肉体に霊魂を宿す際、自我(エゴ)というテーマが必ず付いてまわります。地上で生活している皆さんにとってもきっと大きなテーマでしょう。

 

2~3年前に脳幹出血で植物状態の寝たきりとなった私も意識が戻ったかと思われた時に自我(エゴ)というものを失ったままだったため、その数ヶ月前に他界したある著名人に肉体を半年ほど明け渡してしまったことがありました。

 

一度は喋ることも歩くこともできなくなった私は喋ったり歩いたりするリハビリに集中したのですが、喋り方やしぐさがその他界した方の生前にそっくりだったようで、その方を知っている人には「生きて戻ってきた」と思えるほど似ていたようです。幸い生前も基本優しくて穏やかな気質の方だったので、大きな問題もなくて済みました。食の嗜好まで生前の彼と同じ甘党になったので体重が数ヶ月で20kg増えたくらいでしょうか(笑)

 

結論、自我(エゴ)を失うと地上では生きて行けなくなってしまうのです。人は弱肉強食の獣だからこそ物質肉体で淘汰されずに生きて行けるのです。逆の言い方をするのならば優しくて思いやりばかりが先んじていたのでは、すぐに殺されたり損のしっぱなしとなってしまいがちなわけです。身体機能だろうがカネだろうが権力だろうが、「力がある」というだけで思いやりがなくて低知性な人が社会で幅を利かせているという獣のような実例は誰でも多く挙げられるでしょう。

 

獣が知性を与えられたという矛盾に満ちたテーマを、果たして人類は乗り越えられるのでしょうか。