生きにくさは生きる動機になる
私は小学生までは割と調子づいた友人の多い子供でしたが、中学頃から人間社会に幻滅し高校頃には大の人間嫌いになっていました。大人になってから誰かと居て楽しかった事はほとんどありません。(楽しいフリをすることはよくあった)
孤高に過ごせば楽しかったり嬉しかったりする事も沢山ありましたが、人間と関わると決まって寂しさや虚しさを感じてしまい、成人以降はできるだけ一人で過ごしていました。それでも所得を得るために勤めたり、親の手前結婚をして離婚もしました。
私は7年前にクモ膜下出血で倒れて頭蓋骨を開く手術で生還し、2年前の息子が誕生した日に脳幹出血で倒れてあの世を体験しました。医師の誰もが「これは死亡するであろう…」と踏んでいたのに生き続けてしまったのです。
肉体意識は戻ってもほぼ植物状態。これ以上の拷問はないであろうという全身の猛烈な痛み痺れに耐えてリハビリに精進し、今では食べたり話したり、オムツは必須ですがゆっくりなら歩くこともできる状態。痛みも大分緩和されています。
ここからが本題ですが、今は2歳になった息子だけは避けていません。数十年ぶりに私が人間に好感を持っているのです。私の身体では正直1時間相手をするだけで結構な厳しさですが、リハビリだと捉えて割り切れば何時間でも乗り越えられるのです。保育園にベビーカーでノソノソ迎えにも通っています。
ここ二年が肉体では人生で最も辛かった時期にもかかわらず、最も生きようとする意志がありました。今でも長生きは望みませんが、若い頃ほど肉体死を切望してはいません(笑)
どんなに些細な事からでも喜びを感じることができるようになったからです。
そんな「逆境をものともせず上手に生きて行くコツ」みたいなものを、これからは皆さんにお伝えすることを楽しみに生きて行きます。