2022年03月01日
無我の境地
これは宗教学や神秘学には普通に出てくる言葉です。
でも三次元人間社会の実態は、自我(エゴ)の極みです。
自我の欲求を叶えるために金銭を獲得する。
その為には、互いに騙し合い殺し合いをひたすら繰り返してきたのがここ数千年の地球の人間社会だったし、現在も基本的には変わっていません。
ですから私は、十代後半から自分が人間という存在形態を継続することを不本意にしか感じませんでした。
神秘学やチャネリング情報を学べば学ぶほど、肉体死に憧れるようにもなりました。
なぜなら肉体という存在形態の特殊性にどんどん気付いてきたからです。
「自我・エゴ」とは逆の言葉に「無我・ワンネス」があります。
ところが三次元ゲームは自我・エゴが無ければ成立しません。
「肉体生存のためには何でもする」という価値観が無ければ、誰も肉体で生存しようとはしなくなります。
進んで肉体死をするようではゲームが成立しないわけです。
しかしそれが実現してしまうのが「アセンション」なのです。
苦肉の策として今の私は、この世に肉体を維持しながらも魂の大部分が非物質世界にあることを自覚しながら暮らしています。
肉体生存のみに意義を見出していたままでは、これからの三次元世界は地獄そのものでしょう。
介護施設等に勤務している人ならばすでに、「施設入所者がお注射をした数日後に他界した」的な現実に直面しているでしょう。
私はそれらこの世の現実を陰謀論や高尚な学問にしてしまわぬよう、専門用語を極力控えて易しく語っているのです。
次回の講演会【アカシックへの誤解】もその一環です。
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