お知らせ

2021年08月16日

この世の人生自体が夢

中学一年で洋楽と出会いました。
 
日本は言葉の文化ですから雅楽にはリズムが無いし、ハーモニーがあっても至ってシンプルです。
 
現代のヒットソングも「歌詞が良い」とか「主旋律が良い」などが焦点です。
 
小学生ならばそれで満足できましたが、
十代に入ると音楽にもっと高度な要素を求め始めます。
 
スターウォーズのサウンドトラックで聴かれる様々な曲のコード進行・転調・和音・曲の構成。
 
ハードロックや黒人音楽で聴かれるリズムのグルーヴ感…
学校では肉体で生きる虚しさを感じ、自宅では音楽の素晴らしさに酔いしれた時代でした。
 
ここからが本題です。
 
眼を閉じて良質な曲に聞き入ると、映像や空間が浮かび上がります。
 
他人がどうなのかは確認のしようがないので、ここでは全て私の場合の話です。
 
たまに言葉も降ってきます。
 
私たちはこの世に出てきて数年で物質の世界を認識し始めたわけですが、「実在すると感じている世界は単なる錯覚なのではないか?」との思いに十代前半の私は駆られたのです。
 
二十歳頃にディズニーランドの「ホーンテッドマンション」を見て更に強く感じました。
 
人間が創った音楽だけでも空間や映像をイメージさせるくらいなのだから、人類を創生した存在にしてみたら「空間を移動して空間内で作業をしながら時間が流れている中を生きているのだ」と人間に感じさせることくらいはたやすいはずです。
 
社会人になってからあれこれと書物を漁れば、インド辺りでは大昔から「この世は幻想である」などと言われてきたらしいことを発見しました。
 
中学時から薄々感じていた「死ねば錯覚からは醒めるはずだ」とは、どうやら真実を突いていた直感ようなのです。
 
脳幹出血で一度完全に幻想から醒めた実体験をしてからは、憶測ではなく自信を持ってこの世が幻想であることを伝えています。
 
幻想は幻想で楽しむのが一番でしょうが、夢から覚める事を怖れることだけはナンセンスです(笑)
テキストの画像のようです