お知らせ

2021年8月
真の要求
2021年08月25日

真の要求

人生で具体的に求めている内容は人によって呆れるほど異なります。

これまでに何百回何千回と、どの時代にどの地域で肉体人生を送ってきたのかがまるで違うのだからそれは自然なことです。

 

ここ1~2万年は星間交流が乏しかったのですが、それ以前はどこの星にいたのかも見事にバラバラです。

でも最近はまた交流が盛んになってきています。

しかし、どの星にでも共通している宇宙普遍な真実はあります。

不特定の皆さんを相手にするとき、私はそこをベースに書いたり話したりしています。

 

ところが個別なセッションでしたら個人的な内容となりますから、当然のことながら相手によって交流の中身がだいぶ異なってきます。

 

私は、一対一では相手が誰であっても一律同じ事を話すということはしません。

これは多くの地球人が苦手とするところです(笑)

地球の大自然とは知性
2021年08月10日

地球の大自然とは知性

私が生まれ育った場所は○○郡○○村でした。
後には合併されて浜松市となりましたが、海も山も川も湖も近くにあって田畑にも囲まれていて、かなり多種の生物がいました。
近所では豚を飼育していたし、私も鶏を何匹も飼育していました。
小学校低学年までは生物の捕獲や観察に熱中しました。
魚の飼育だけは今でも続いています。
 
何に感心していたのかと言うと、人間を除く生物の知性に夢中になっていたのです。
蜘蛛の巣をデザインして当然のように作る、穴を掘って居住の場にする、自在に動き回る生物を捕食する、毛虫が後に美しく舞う蝶へと変貌する、食いだめをして冬を凌ぐ、機能性・デザイン性共に完璧な美しさ…
 
しかし人間だけは教えてもらわなければ何もできない。
何をどうやって食べるのか、食べてはいけないのか、生殖育児の方法すら知らずに肉体の成長だけはする。
 
人間が頭脳で知的になったとは大嘘です。
大自然と繋がっていて知的で当然な他の生物とは異なり、人間だけが自然とは隔離していて飛びぬけて低知性なのです。
頭脳でそれを補おうとして失敗してきただけです。
 
それも古代からそうではなかったのでしょう。
成人してから長年あれこれと調べてくると、人間だけが地球にオリジナルな生物ではないということが判ってきました。
 
人の知性のルーツは地球にはなく、あらゆる星のブレンドだったのです。
動物のフリをして物質で生きている人間とは別に、肉体のない霊的な存在も地球人です。
高次元の地球人のこともこの世の人間はあまり知りません。
実は複数種存在しています。
 
アセンションとは、物質次元だけを問題とする旧来のような地球ではなく、高次元存在も含めた宇宙規模の地球人へと変貌することなのです。
 
物質世界がどうなるのかだけなら些末な問題です。
もっと上の次元での地球の在り方に皆が意識を向ける時期なのです。
私はその部分への情報提供を進めてまいります。
 
時の経過は錯覚
2021年08月04日

時の経過は錯覚

誰が早い、どこが遅い、彼女が先、彼は遅れをとった…

この世は、過去から未来へと一直線に進んでいる時間というものが最大の特徴であると認識されていますが、実は時の経過とはこの世に存在している間だけの錯覚です。

この世ゲームを面白くしている要素でもあるので、種明かしをしてしまうのもどうかという気持ちも私には少しあります。

 

でも、その錯覚がこの世の大きな弊害となっているのも事実ですので、軽く説明をします。

 

ヨーロッパにいた野蛮な種族が物質面だけで発達をして、航海技術で世界を植民地化していた時期がありました。

アメリカ大陸という所に、霊的には発達していて物質の地球とも霊的存在とも調和を取って暮らしていた愛の種族がいました。

 

そこに霊性の低い野蛮な種族がやってきて、皆殺しにして文化も破壊して物質だけの建国をしました。

「我々が発見した大陸だ」というわけで、アフリカから黒人を連れてきて開拓を手伝わせて家畜以下の扱いで奴隷売買までしました。

 

「私たちが先に開拓した」とすることに意味があるから、既成事実であるかのようにあれこれと捏造もするわけです。

 

旧世紀になって月の開拓を始めました。

ところが困ったことに、地球よりも進化している異星人や宇宙船が既に大量に飛び交っていて、地球から見える月の裏側や衛星内部には大昔の巨大な基地や街までありました。

 

「これでは地球人を誤魔化しきれない」というわけで、月の探索そのものを打ち切りにしました。

日本にも「かぐや姫」物語があるくらいだから当然で、月とは歴代のあらゆる異星人が利用してきた拠点衛星だったのです。

 

しかしあの世に還れば先も後もありません。

肉体死の直前に走馬灯のように人生を振り返るとはよく言われますが、私はあの世に完全に入ってしまったので、何十何百という自分の人生を経験しました。

軽く数万日分は経験したでしょうが、この世の肉体昏睡期間では数日です。

 

先だった・後だった、長生きをした・早死にだった…

非物質の人にはどうでもよいことです。

 

この世にいる人間に「時間とは錯覚である」と説明するのは本当に難しい(笑)

なんとなくでも解れば、非物質の人に近付いた証拠でしょう。

音楽とはあの世のもの
2021年08月01日

音楽とはあの世のもの

私にとって、音楽だけがこの世にいることを忘れさせてくれました。

この世に顕現させるためには楽器やオーディオ機器等の物質を介す必要はありますが、音楽とは周波数の変化や組み合わせですから音楽そのものは非物質です。

要するにあの世にも音楽はあるのです。

 

私には中世ヨーロッパで音楽家だった肉体の生がありました。

当時は録音技術がありませんでしたから、作った曲を大勢が演奏するために必ず譜面に興す必要があります。

 

辞書ばかりひいている人が10年経っても英会話が出来ないのと同じで、現代でも譜面を必要とする人には音楽的な才がないと言えるでしょう。

演奏はPCですぐに譜面になるし、何十人分の演奏でも一人で録音できるだけのテクノロジーがあるのですから(笑)

 

私は今世で一度は音楽を生業にした時期を作ったばっかりに、音楽が金儲けの手段にしか見えなくなってしまったまま年数が経過しました。

 

5年前に一度は視力も聴力も指の感覚も失ったため、今の私は小中学生時と同じ純粋さで音楽に向き合えています。

手の指が少しずつ動くようになってきたことが嬉しくてたまりません。

 

近年では、絵画で異次元を表現している人を幾人か見つけました。

技法とかではなく、絵画を通じて異次元波動を感じさせる表現がなされているのです。

 

つまりあの世を身近に感じさせてくれるのはもう音楽だけではありません。

さすがは次元上昇の時代を生きている。

それが今の私たちなのです。

非物質存在は動物にも
2021年08月01日

非物質存在は動物にも

あの世では非物質の人であった存在がこの世では人間という肉体に宿る。

人とは本来が霊であることを私はザックリと説明しています。

では、動物の非物質存在はどうなっているのかというお話です。

 

人のペットの場合は例外もありますが、人のように個として異界を行き来している動物はいません。

人以外は非物質ですと原則は個でなく集合意識となります。

 

しかし象徴的な動物の非物質存在はいます。

龍や麒麟や鳳凰や獅子がそうです。

欧州ではドラゴンやユニコーンですね。

 

人の霊にはエゴのある存在もたくさんいますから、人間と神や悪魔との関わりは昔から世界中で物語となっています。

ところが人以外の霊的存在は本当に純粋な人にしか関与しません。

神殿や神社に絵画や彫刻があるのみで、日常的に交流している人間は稀です。

 

原則そのような人は自ら口外はしませんから作品から感じ取る他はありません。

でも僅かですが本当に実在はしています。

 

私はそこに「この世の宝探し」的な面白さを感じています。

神社
2021年08月01日

神社

私は長年神社が苦手でした。

開脚に見立てた鳥居をくぐった先にお宮(子宮)があるというコンセプト自体が、動物っぽくて好きにはなれませんでした。

 

ところが5年前にあの世を訪れた際、神社に似た雰囲気の場に自分自身が出入りしていたのには驚きました。

この世の神社みたいな鳥居はなかったのですが大きな柱は立っていましたから、古代ヨーロッパでの記憶なのかもしれません。

 

この世の人間が勝手にアレンジしている部分があるので全肯定はできなくとも、風習として行われている物事には何らかの真理が含まれています。

 

古代ユダヤと古代日本との風習に似通ったものが多い事実も、この世の物理条件とは切り離して考えるべきでしょう。

チベット人の顔が日本人とそっくりなことも、血統で結びつける必要はありません。

地球人だの異星人だのが話題となるのはこの世だけです。

非物質的には誰もが宇宙人なのですから!