お知らせ

2019年 8月
2019年08月31日

原子力の真相

日本の広島と長崎に投下された原爆というものは、ハッキリ言うと非物質化の公開実験でした。殺戮兵器はこの地球にいくらでもありますが、必ず遺体が残ります。丸焦げだったり粉々に分散していたとしても、破片はどこかに散在するのです。

 

ところが原爆の爆心地でもろに被爆した場合、陰のようなものが残ったりしても遺体は瞬時に消えてしまうのです。爆心地から離れた場所で被爆した方は、よくある殺戮兵器で殺傷された場合と似たような被害を受けたケースもありましたが、原子力爆弾はその他の兵器とは原理が全く異なるのです。

 

この世の物質の構造自体に手を入れる、しかもその威力や影響力を知らずに子供のいたずらのように公開実験されたのでは周りの星々の存在にとっても脅威なのです。

ですからそれ以降は地球外知的生命体も地球に干渉せざるを得なくなったのです。地球人には理解できない方法で80年ちかくも阻止されてきました。

 

原子力発電がどうのこうのと長年地球のテーマとなっているのには、そんな背景があるのです。低知性な政治家や学者たちはそれを解っていないのです。

 

せめて地球外を含めた宇宙の破壊を遠慮するくらいの知性を、地球人が有してもよい時期なのですね。

2019年08月30日

非物質化、物質化は現実テーマ

物質の非物質化と再物質化の実験は第二次世界大戦中に既に行われていました。やはり軍事機密実験だったので公にはされていません。

 

予想していた、軍艦と乗組員が丸ごと消滅して瞬時に遠隔地に出現したまではよいが、肉体が戦艦と融合した状態で物質化されてしまったり、肉体が発火したり凍結したり、生きていても精神狂乱状態になってしまったりで、実験は失敗したものとして尚さら隠蔽されてしまったのです。

 

わかり易く言うと、肉体死と同じで非物質化は簡単なのだけれど、その時点(約80年前)では物質化には難があったわけです。私も一定期間をほぼ死体で過ごしていたのでわかるのですが、3年経った今でも健康な物質身体へと近付ける施術みたいなものがこの世とは異なる世界で続いています。

 

実験から80年も経ったのですから、公にはされなくとも研究開発はかなり進んでいるでしょう。

 

ですから、私が普段お話していることはもう絵空事ではないのです。

2019年08月29日

非物質面での進化

昨日の「移動」ではなくて「位置の転換」という話。基本概念を変えるということですね。 

子供時代から慣れ親しんできた概念を変えることに抵抗を示す人のなんと多いことか。

江戸時代の人がトラックや飛行機やヘリコプターや新幹線やPCやテレビやスマホを見たらどんな反応をするでしょう。たった数百年の変化でさえこんなに大きかったのです。

 

これからの数十年、いや数年後にどんな既成概念を覆すような事があっても驚きには値しません。そんな時代に皆が生きているのです。

 

これまでは主に物質面だけの進化でしたが、これからは過去に疎かにされていた地球人類非物質側面の著しい進化を遂げる時です。物質面での進化以上に思考の柔軟さが求められます。

 

非物質側面の探究は今の地球人類にとってまだまだ未熟な分野なのですから、逆に言うと「あり得ない」「不可能だ」と決め付けられるものは何も無いのです。

 

これまで「トンデモ話」として扱われていたことが次々と脚光を浴びるようになるでしょう。

2019年08月28日

この世の障害

よく「死後の世界」という言葉が使われます。肉体で死亡したら何もかもがなくなる前提で、もしもそれがあるなら…ということで特別なレジャーランドにでも行くようなファンタジーを想像している人がいるようです。それをネガティヴに想定していると「地獄」という話になるのでしょう。

 

この世に肉体で存在していても、誰もが多かれ少なかれ非物質としての性質も有しています。ですから、非物質世界では「物質世界特有の現象が無くなる」と考えてください。この世に特有の現象として主に挙げられることは「時間」と「空間」です。

 

「あの世では思った所に瞬時で行ける」「あの世では思ったことが瞬時に叶う」ということは、皆さんどこかで聞いたり読んだりしたことがあるでしょう。

 

原則、この世では時間と空間が絶対的な障害となっています。現在の地球テクノロジーでも地球の裏側へは行けますが、時間と空間移動とお金を要するわけで、それらが皆の世界旅行を簡単には実現させないわけです。
それらをクリアするのなら「あの世」的なアプローチが必須です。

 

「移動」ではなくて「位置の転換」的な発想ですね。「時」についてもそれは言えます。

肉体の死亡をしなくても、地球人類がこの世に生きながらそんな新しい概念を受け容れられるかどうかが鍵なのです。

2019年08月27日

この世に出てくるということ

この世での子供の誕生ということについて、現文明では生理学的な説明だけがなされていて、皆が「それで全てである」と信じてしまっている部分があるため、少しでも誤解を修復できればと思います。

いわゆる性交とは、確かに物理的な妊娠を促す契機ではあります。しかしそれは複数の要素の一つでしかないのです。

 

非物質存在をこの世に出現させる妊娠出産という現象は、昔からどこでも神聖な現象として崇拝されていました。日本でも様々な逸話があったり、性器をモデルにした祭りやイベントが各地に残っています。でも性行為だけが神聖視されていたわけではありません。

 

私が妻と知り合って間もない頃、自分が新築した家のすぐ近所に神社と「龍女菩薩」とやらの木彫りの像を発見してからというもの、神社仏閣には無関心だったはずの私が妙に気になってしまい、霊能者であった彼女に診てもらおうと数分だけ一緒にそこへ訪れたことがありました。

すると、彼女は龍女菩薩の前に立ちすくんで大粒の涙をポロポロ流し「今、透明の珠を授かった」と私に告げたのです。私は「非物質存在がこの女性を通じてこの世に出てくる告知をしてきた」と直感しました。その数年後に実際に妊娠出産したのです。

 

さすがは告知があって誕生しただけのことはあって、誕生日当日に私が脳幹出血であの世に向かうという入れ替わりまで画策してきたのでした。しばらく私はあの世を探索していたのですが結局この世に戻ってきて寝たきりからの再スタートを切り、息子と共に歩いたり話したりの訓練を重ねて今があります。
最近の息子の話を聞いていると、どうやら3歳になったばかりの息子にはその辺りの経緯認識や記憶もちゃんとある模様です。

 

昔と比べたら現代人はあの世との交信が希薄になっているため、少子化や不妊も自然の流れなのです。あの世にいる非物質存在がこの世に出てくる打ち合わせの機会も滅多に持てなくなったのですからね!笑

2019年08月27日

栄枯盛衰

添付の写真は風呂から出る際の息子から「写真撮って~」とのリクエストがあったため応じたものです。今月に3歳を迎えたのですが、これまで指を2本までしか立てたことがなかったので3本立てられように教えたら「この指の形気に入った」とかなんとかで撮影を求めてきたのです。

 

私が小学生低学年の頃に「まことちゃん」というマンガが連載されていて、そこに出てくる指のポーズ「グワシ!」ができる、できないと周りと遊んでいた記憶が蘇ってきました。そこから今派生した色々な思いを題材とします。

 

栄枯盛衰という熟語は誰もが知っていますよね。人は生まれたら成長し、老いて行く途上で病や事故で死ぬ。文明は栄えたら必ず廃れて滅びを迎える。果物は実ったら熟れて食される。それらを目的に育てて収穫しているのが農業なわけです。

 

ところが現代人はその地球自然の法則を受け容れられずにあがいているのです。老いや病や死を悪いこととして捉えています。毛虫が蛹になることを嘆いたり避けたりしていたらどう感じますか?果実が熟れないように成長を留める努力をしているマヌケな人がいたらどうでしょう。

 

ところが実際に今は文明社会人類全体がとってもマヌケな状態に陥っています。これまでもこれからも、地球にいる限り地震や津波や火災や火山噴火や暑さ寒さで死亡をすることも自然の理です。地球にいるのだから、地球の自然の循環に抗うことは無駄なことです。
だから子供を設けて育てることには時間と労力がかかるからと言って避けて通ることは自然の理に反しています。今では種無し果物とか野菜とかまで流通しています。

 

そんなことをしなくても誰もが確実に老いて死んで行きます。なのに未来のための種は撒かない方向性。つまりは地球人類自らが潜在的に滅びを望んでいるのですね。

 

ただし、これらは物質世界に限った傾向です。

ですから私は非物質文明に向けての準備を進めています。

2019年08月26日

「ある」のか「ない」のか

今日はこの世(物質世界)の話です。

 

ヒトとは「ある」と認識しているものしか見つけられません。「ない」と認識しているものは仮に目の前にあっても「ない、ない!」となってしまうのです。

 

素粒子や量子力学とかのミクロの話を持ち出しても、ものが「ある」のか「ない」のかは観察者が決定しているということがわかっています。物理学も極めると長年オカルトと呼ばれた霊魂の追求と似たようなものなのですね。

 

アナタが「ない」と認識しているものは、アナタによって実際になくなっているのです。

逆にアナタが「ある」と信じているものは発生しているとも言えるわけです。

 

アナタは何が「ない」と認識しているのでしょう。お金ですか?愛ですか?友人ですか?家族ですか?健康ですか?時間ですか?・・・

 

まずは「ある」と認識することが物理的にも先決なのです。

 

これらのことも、これからの時代は科学の一環となるのです。

2019年08月26日

これからの世代の皆さんへ

私が乳児から大人となるまでの人間社会環境の変化は、今のそれとは比べ物にならないスローペースでした。そしてその変化はこれからも加速度を増し続けるのか、停滞や退化をするのか、いずれにしてもこれから20年もすれば自分の子供時代とは全く異なる環境下にて今の子供たちは大人として存在しているのです。

 

ここ数百年を振り返ってみても、現在ほど後の世代を蔑ろにして大人が自分の都合や肉体生存維持のためだけに生きていた時代も地域もなかったかと思われます。経済の事は除外して、計りしれない膨大な負の遺産を築き上げて文明を終焉させるとは何たる皮肉でしょう!

 

今の政治経済で張り切っている世代と比べれば「別種」と言ってもよいほど価値観が異なる世代がこの世に誕生しはじめていることも事実です。私が倒れた日に生まれた息子はもう3歳になりましたが、1歳からタッチパネルを検索して歌や映像を楽しんできたのですから、それはもう言う事や要求することが私の感覚では中学生ぐらいなのです。

 

現文明は既に物質的には絶望的ですが、非物質文明に向かう方向性は担保されているようにも感じられます。皆さんはその辺り、いかがお感じですか?


2019年08月23日

自覚を促す理由

私が連日皆さんに「非物質知的生命体」であることの自覚を促す発信をしているのには理由があります。

 

物質万能主義であった現文明が解体されて新地球文明を構築するということは、肉体生存のためだけに搾取と殺戮を常とする「人間」と呼ばれる低次元の動物だけでは成し得ません。

地球オリジナルのその他あらゆる種は充分に賢くて美しいのですが、押しなべて現在最も醜くて愚劣な種である「人間」だけでの地球文明刷新は難しいのです。

 

しかし、良くも悪くも期は熟したのです。惑星地球物質領域内に、知的生命体としての本領を発揮できる存在がもっと求められる時期に入ったのです。

 

だから、私はそれが成就する可能性の高いこの世の日本という地で、日本語にて発信しているのです!

2019年08月22日

非物質基本講座「その9」

易しく説いてきた「非物質基本講座」シリーズも、これで一旦は最終回とさせていただきます。

 

人が非物質知的生命体であるということ、それらの認識がこれからの地球文明にも不可欠であるということが解っていただけたのなら幸いです。

 

つまり人は基本が非物質生命体なので、他殺や自殺にも現代人の皆が考えるほどの大した意味がないのです。事故や災害に巻き込まれたり病気でこの世を去る状況が訪れても、肉体死が全ての終りではないということです。

 

自分の身にそれらが降りかかっても、肉体死とは自分の存在形態が変化するきっかけでしかないということをしっかり認識しておいてください。遅かれ早かれこの世の万人に該当することなのですからね。

2019年08月21日

非物質基本講座「その8」

人は食物や飲料を摂取して糞尿を排泄することで生きている。

そんな風に皆さん小学校でも習ったでしょう。でもそれは物質に限定してだけの話です。

呼吸も酸素吸入と二酸化炭素排出の話だけではなかったでしょうか。

 

なぜ人はほぼ毎日睡眠をとるのでしょう。答は非物質生命体には非物質のエネルギーチャージが不可欠だからです。起きている間にもそれをしているのが呼吸です。そんな事すら知らない人が教員という職業に就いているのが今の地球文明の実態です。

 

私は子供の頃からフルカラーで脚本のしっかりしている夢を毎晩観ていました。それが何であるのかの説明を人に求めることを幼稚園頃には諦めていました。近頃でも睡眠中に体験している非物質世界での出来事が連日濃厚なのですが、この世で3歳になったばかりの息子を保育園に送り出す準備を手伝うために私は一度必ず起床します。ところがここ数日、超煩雑なあの世の体験を一旦切り上げてでも息子を送り出そうとこの世界の身体を起こすと「起きちゃダメ!まだ寝てて~」などと無理矢理にでも息子が私を押さえ込んでくることが何度かありました。

 

息子は私の睡眠中にしている非物質行為の重要性を理解しているようなのです。地球にも非物質世界を認識している世代が出始めてきているのですね。この子が大人となる頃には地球も半霊半物質の知的生命体で溢れてくるのでしょう。異星との交流や、かつてピラミッドがそうであったように重力を制御しての建築物が再び現れるのかもしれません。

 

その前に、今の低レベル文明の解体作業や地球新文明構築作業があるのです。そんな事まで今とこれからの子供に任せっぱなしで上の世代は死ぬことだけを楽しみに過ごす、というわけにもいかないですからね!笑

 

2019年08月20日

非物質基本講座「その7」

「ワンダラー」「ウォークイン」との言葉を聞いたり目にしたりしたことがある方も多いでしょう。人は本来が非物質知的生命体ですから、どの物質肉体にどんな非物質存在が宿っているのかは、誰を採ってみても謎の部分が多いわけです。「ワンダラー・ウォークイン」とは生まれつき、もしくは事故や病気で肉体を離れる機会をきっかけに、それまでの肉体の主とは別の非物質生命体が宿る現象の総称みたいなものですね。

 

私は、3年前に脳幹出血で意識不明の重体となったことがきっかけでそれを経験しました。意識が戻って「一命を取り留めた、奇跡だ!」と医師には思われたのですが、戻って来た肉体の中身がこれまでの自分とは別の存在だったのです。しぐさや喋り方まで生前のその方にそっくりだったらしく、後に自然とその方の娘さんと妻と一緒にお会いして話をしたり食事をしたりの機会を得ました。そしてこの世に娘を遺して逝った父としての想いを代わってお伝えすることもできました。

 

幼稚な今の地球の科学とやらでは説明がつかない現象ですよね。自分が体験できたからこそ見えてきたものもありました。その方は徐々に私の肉体から離れて行き、今では非物質として少しグレードアップした元の自分に中身も戻っています。

 

ですから、現在の地球人のあまりにも低レベルな「人」という存在に対する認識を、なんとかまともなレベルに引き上げねばならない!という衝動に私は駆られてしまうのです。(笑)

2019年08月19日

非物質基本講座「その6」

日本では昔、この世の人・動物・魚・鳥・昆虫はじめ植物や鉱物等も非物質エネルギーに満ちた存在が物質化した形態を採っているということを認識していました。教科書でも「万物に神が宿っているとする考えのアニミズム文化」的な表現があったのを憶えている方も多いでしょう。

 

物質科学万能の価値観に染まっている文明に浸った現代人は「原始的な習慣であった」くらいに考えていますが、実は昔の人のほうが余程科学的だったわけです。科学が物質を対象にしている限り地球文明は幼稚なままです。星間交流を例にとってみても、高校生や大学生の仲間に幼稚園児が混じって交わることはありえませんよね。ごく稀に「幼稚園児でもいいよ」と言ってバカにはせず遊んでくれたとしても、幼稚園児に合わせたことしかできません。それが今の地球の状態です。

 

霊魂や時や空間といった非物質を科学しないことには何もはじまりません。幼稚園児を大学生に飛び級させるような大胆な計画が開始されています。日本人ならばそれが出来得る素地があるのです。私も物質世界に出てくるにあたって敢えて今の日本の地を選びました。

 

ここが唯一の原爆実験会場国となったことも、近年では阪神や東北の災害で大量の死者が出たことも偶然ではないのです。新しい地球文明はこの地を中心に発信されて行くのです。

私は今は地球人ですが、ナショナリストではありませんよ~

地球の国家とか民族とかには無関心です(笑)

2019年08月17日

非物質基本講座「その5」

人が非物質生命体であることは実は誰もがどこかで認識しています。そのことを追及したことがないというだけです。

 

一見、優しくて思いやりがあるようなことを言ったりやったりしている人を「なんか嘘っぽいな」とか「本心じゃないな」とか感じてしまうことは誰にでも多々あるでしょう。逆に手厳しいことを言ったりやったりしているのに「愛があるな」「本当は心優しい人なんだろうな」とか思ってしまう相手も存在するわけです。

 

人を非物質エネルギーとして見て感じることは子供でもしていることです。「これが非物質エネルギーです」と物質として証明できるものではないので、「それがある」とは断言できないでいるのです。

 

人が非物質エネルギーであることを考慮すれば、「誰が実験しても同じ結果が出る」というような理科の授業的なことのナンセンスさに気付くはずです。今のこの世では、醜悪な殺人犯でも「証拠がない」との理由で無罪になり、「動かぬ証拠がある」との演出があれば誰でも犯罪人に仕立て上げることができてしまいます。

 

人の念が物理的な作用を及ぼすことは、とうの昔からわかっていることなのに「人も物質である」との現代の社会風潮ではそれに説明をつけることができないでいるのです。料理もモノづくりも政治も何もかも、それを扱う人によって結果が異なることは確実なのですね。

2019年08月16日

非物質基本講座「その4」

非物質生命体と交信ができる人は、この世では「特殊能力者」というレッテルを長年貼られてきました。皆が能力的に劣っている中でまともな能力を有しているだけで権力者の脅威となってしまうわけです。

 

ここ数千年、民が能力的に劣っているのをよいことに、この世では権力者が民を欺いて騙して搾取して利用することばかりが行われてきました。そんな世の中で非物質知的生命体としての本質的な能力を理解し、その能力を駆使されたのでは、権力者にとってたまったものではないのです。

 

魔女狩りというものが実施された背景にはそんな権力者の事情があるのです。家畜ならば去勢して基本的な能力を削除する事は当たり前なのです。民が非物質知的生命体の能力を認識してその能力を活用しだしたら、この世に「権力」というものは存在し得なくなるのです。

 

皆が動物のように肉体死を回避するためにはどんな労役や理不尽にも耐えているからこそ、権力者は存在していられたのです。

 

長年続いたそんなこの世の社会の仕組みも
終焉を迎える時が訪れました。

 

2019年08月15日

非物質講座「その3」

人にとっての大切なものとは昔から、挙げてみれば「愛・智慧・勇気・思いやり」等の非物質生命の特徴でした。ところが日本でも欧米化が進んだ今では「カネ・健康長寿・名誉」等になってしまっています。

 

そんなものは物質肉体に限られたこの世だけの限定価値観です。物質的に貧しかろうが健康に難があろうが短命だろうが、それらをクリアできたかと思えようが、それが人にとっての全てであると勘違いをしているからスムーズに他界できなくなるのです。人を家畜として扱って「奪う・殺す・侵略する・利用する」しか能が無い人達が作った文明価値観に、日本の皆が染まる必要はないのです。

 

日本が国際競争力に乏しい一国になったということは、原点回帰のよき兆候なのです。目に余るおぞましき今の地球文明を変革する新しい文明価値観を、地球の全世界に発信することが日本の役割となってきているのです。

 

自分が他界する場面で後悔なきよう、この世の人生を充実させましょう。
特定の誰かの犠牲になることをお勧めしているわけではありませんよ!

2019年08月14日

非物質基本講座「その2」

せっかくのお盆ですから続けて「その2」です。

 

相手が他界してそんなに経っていなければ、自分が物質次元に存在していた時にあの世に対してどんなイメージを持っていたのかをまだ憶えているので、多少勘違いをしている肉体人にも寛容になれるのです。だからこそ「相手もしたくない」とかではなくて、何に関してでも「そうか、そうか…」といった具合で好意的に受け容れてくれたりもするのです。ですから他界した両親、祖父母くらいの近親者には日本の世間全般で次元を超えて挨拶をする習慣があるのだと思ってください。

 

日本では昔の皆は次元を超えた交流を一般的に図っていたのです。したがって今でも「人とは非物質である」という概念を欧米人よりは受け容れやすい素地が日本人にはあるのです。

ちなみに、俗で言う宇宙人との接触といったものも存在形態が異なる種との交流ですから、基本的にはそのような問題なのですね。

2019年08月14日

非物質の基本講座その1

人が非物質とはどういうことでしょうか?

 

皆さんは動物と同じ物質の肉体という形状をとって人生経験をするという選択をしましたが、元々は非物質の存在なのです。昔の日本人の呼称ならば霊魂とでも言いましょうか。

 

ただ、肉体の誕生と肉体死という区切りでこの世のステージが一旦終わることから、多くの人がそれこそが全てであるという錯覚に陥っているのが現在の主流文明国でのこの世の社会風潮なのです。

 

それで勘違いをしたまま肉体死を迎える人で溢れかえってしまうことが問題となり、肉体を有したままで非物質生命体としての特性を発揮する人がこの世に出始めているのです。

そのことが、ざっと言うと「アセンション」と呼ばれているものだと思ってください。

 

この世でも非物質形態で人々がコミュニティを作っていた時代はあります。ただ、それを物質的な遺跡等だけから発見しようとすることに無理があるのです。そもそも非物質となると、時や空間の概念がこの世とは異なるので、余計に解らなくなってしまうわけです。

2019年08月12日

生まれてきた理由

人間の子供は生まれてから数年は実に手がかかります。大抵の父親は働きざかりですから、妻なり誰かに世話をまかせて「気付けば○歳にもなっていた」といったケースが多いでしょう。

 

ところが私の場合は息子の誕生直前に自分が脳幹出血で倒れ、一緒になって立ったり歩いたりの訓練をしていたくらいですから、かなり多くの時間を共に過ごせたわけです。昨日でその記念日から3年が経過したのですが、指の感覚を多少取り戻せてからはオムツ交換などもできるようになって育児を多少手伝えるようになりました。

 

倒れて半年くらいは自分が赤ちゃんみたいなもので、妻には負荷をかけていました。今、区切りがついて改めて思うことを記してみます。

 

自分がどんな目的でこの世に出てきたのかを、じっくり考えることすらなくこの世を去って行く人は多いでしょう。ところが、もうすぐ50歳という年齢だからこそしみじみと感じることができる事なのかもしれませんが、誰もが自分の子育てをしながらそれを意識しているはずなのです。

 

私もこれまで子供がいなくても大半の時期は「自分は何故この世に出てきたのか?」という自問自答を積み重ねてきて、おぼろげながらにも人生の指針を固めてきました。その事すらしないで惰性だけで人生を送っている人が今の文明社会では多いようですね。

 

ところが50年近く前の自分の姿にそっくりな息子と日々接していて、自分がこの世に肉体を有して出てきた経緯を明確に掴めたのです。この世で自分が生きる方向性に確信が持てるようになったということですね。

 

それが「人とは本質的に非物質の知的生命体である」ということを、この世の皆に認識してもらうことなのです。

 

この世が真の意味で知的な存在で構成されるように!

2019年08月12日

知性の履き違え

人とは、知らないことに恐怖を抱いたり回避を試みようとします。そして現代人のほとんどは肉体死について知らず、死を怖がって死を迎えることを考えずに老いを迎えます。

 

考えることさえしなければ肉体死がなくなるわけではありません。2~3歳まではそれでも良いでしょうが40~50代になってもそれでは、いくらなんでもお粗末すぎて呆れてしまいます。でも実際に皆がそのように混乱して肉体死を迎えているのが現代社会です。

 

肉体死とはどういうものなのかを隠すでも無いことにするのでもなく、理解していれば怖がることも避けることもないのです。この世の生物にとって誕生や死は自然現象です。死をタブー視しているような社会ではまともに生きることも出来なくて当然。それは文明社会と呼ぶことすら憚られる実態です。

 

知的生命体が築く社会なのでしたら、もっと基礎的な知性を養うことが重要。ほとんど知性のない愚かな人達だけが寄り集まっているのが今の文明社会なのです。知的な人も少しは存在していますが「未開人」「原始人」として邪険に扱われているのです。

 

今は自分が文明人であると錯覚している愚かで低知性な人たちが一気に目覚めて、地球にまともな文明を築くタイミングなのですね。

2019年08月11日

規制緩和

今日は息子の3歳の誕生日であると同時に、私が意識不明の重体となってあの世に行ってきた3周年記念日です。
日帰りではなくて、この肉体を植物状態にしての長期旅行でした(笑)

 

この世の人の参考になるであろう経験を沢山してきましたが、その後も私が肉体でこの世を生き続けられるかどうかが微妙なので遠慮していました。どういうことかと言うと、私があの世情報を発信しはじめるとそれを不都合に思うらしいあの世の存在が私の肉体生命を絶とうとするからです。

私としては物質世界の肉体を去ることも歓迎なのですが、わざわざあの世に行って還ってきてまで情報収集してきた成果を出せなければ、苦労してこの世に還ってきた甲斐もないわけです!笑

 

この世にあの世情報を降ろす事については近年、規制緩和がなされているようです。ところが一部の特異な人ならまだしも、一般の人が見ても怪しくない人がそれを堂々とできるような緩さが残念ながらあの世にもまだないようなのです。(それでも私は充分怪しい人であると見なされているとは自覚していますが…)

 

寝たきりで意識が戻ってからというもの、懸命なリハビリを続けた甲斐あって歩けるようにまでなったものの、半年前に肉体生命が怪しくなって入院しました。これは脳幹損傷の後遺症として心臓や腎臓を中心に内蔵機能異常が発覚しただけでして、あの世の規制緩和とは無関係なこの世の事情かと思われます。

 

以後も、この世から抹消されない程度に様子を見ながら情報発信をして行くつもりです(笑)

 

皆さん、共にあの世についてもっと学んで行きましょう!

2019年08月10日

盆休み

お盆で連休となっている方も多いでしょう。「大人になってからの夏休み」といったニュアンスで捉えている人が現状ではほとんどでしょうが、「先祖の霊を祀る」ということが本来の目的となっているお休みです。

 

宗教には無関心だとしても、他界した先祖はまだこの世にいるアナタの挙動に興味関心を抱いているのです。日常的に通信している人は少ないでしょうから、年に一度のこの時期くらいは思いを馳せてみる事も悪くはないですね。俗に言う守護霊・指導霊との交信に当たっているケースもあります。

 

初詣みたいにこの世的なお願い事をする機会でもないのです。感謝と報告の念を送ってあげるだけで充分でしょう。そのことで向こうもサポートしやすくなることかと思いますよ!

2019年08月08日

不平不満はゆとり?

今日は一月半ぶりに病院で検査をしてきました。半年前に歩けなくなって入院した時は血液検査と尿検査をして「これでよくも生きていますねぇ」と即入院となったのですが、今はだいぶ健康な人の血液と尿に近付いているようです。

 

脳幹と小脳を血管の破裂で損傷して死ぬであろうと思われたものが、生き延びたのはよいが二年半でピンチが訪れたのでした。心臓も肺も全ての臓器が作動するよう指示を出しているのが脳幹なのですが、心肺機能が止まらなかっただけでも奇跡であるとの扱いで、その他の臓器の機能がデタラメになっていたことが再び歩けなくなったことで発覚したのです。

 

死んで元々の事態から派生していることなので、考えたり話したり読んだりワープロを打ったり、ヨレヨレでも歩けるだけで充分良しとしているのです。後は他界できる日を楽しみに、今の身体で出来る事をコツコツ進めるだけです!笑

 

私が倒れた日に誕生した息子も来週で3歳を迎えます。ここまでコイツの成長を見届けることができたことも感慨深いものがあります。正直、私の三年間は不足を嘆いているヒマもなかったのです。

 

不平不満がこぼれているうちは
贅沢すぎる環境であるというだけのことなのかもしれません。

2019年08月07日

失うことで得られるありがたみ

添付写真は事務所の水槽です。中身は小魚だけで地震に備えて水も半分以下しか張っていません(笑)。重たくした方が倒れにくいのですが、賃貸物件のフローリングをこぼれた水でビチョビチョにしてしまうのも後々厄介なので…

 

三年前、一度は視力や聴力や全身の触覚をほぼ失ってしまったので、水槽の小魚を眺めながら小音量で音楽を鑑賞するだけで充分な贅沢を感じられます。

 

50年近く生きてきて、多くのものを失う経験ができたからこそ味わえる感覚。実際に健康だった若い頃にはカネと時間をどんなに費やしてもこんな至福感は得られなかったのだから、皮肉なものですね。

 

何でも一度失うとありがたみが増すことは、いくら聞いたり読んだりしても実体験を伴っていなければ解らないことだと思います。それによって人生の面白みが増すのです。

 

ですから何かを失った場面では「よし、これで人生の楽しみが増えるぞ!」くらいに解釈すれば、どんな人生でも面白みが出てくるわけですね~笑

2019年08月06日

旅発ち

あの世に旅発つとはどういうことでしょう。

 

皆さんは例外なく非物質の生命体だったのですが「密度の荒い物質の生命体を体験する」との要望により非物質のエネルギー体から三次元の肉体という物質次元に降下する選択をしました。ところが今のこの世の社会のしくみや価値観の影響を受けて、多くの人が「肉体物質から出たくない」というカルト宗教信者のようになってしまうのです。

 

私の父は自動車販売業をしていたありがちな唯物主義の人でしたが、母が他界する頃から10年以上も長男である私が傍で暮らしていて、私は事あるごとに人の生死について父に語ってきました。大病の手術の影響で不便な身体になっていながらも晩年まで元気で、まさに最期はピンピンコロリでした。午前は友人らと語らっていて、別れた直後に老人娯楽施設の風呂で寛いでいて急死したのです。何も患うことなく何の予兆も無く急死するなんて、なんと健全な他界の仕方でしょう。

 

母は知的障碍者の子(私の弟)を産んで育てたこともあって、「今生この世に出てきた目的は果たせたから死ぬことが楽しみだ」というような事を晩年には話していました。ご他聞に漏れず医療業界のカモにされたのですがが、検診を受けてしまって脅かされて何度も手術を受けて薬を飲まされて次々と病院にカネを落とし、見る見る衰弱して逝ってしまいました。
同じ病室に入院している、いかにも病人の老人を見て「私はあんな風になりたくない」とこぼしていたのですが、短期で他界できたのでその心配は無用でした。もう話せなくなった頃に「弟のことは俺が見るから大丈夫」と言ってあげられたことが最期の親孝行でした。

 

そんな妻の死を目の当たりにした後では唯物主義の父でも人の死後について考えるようになった模様です。霊魂をバカにしていたタイプだったのに晩年は非物質の母の存在を感知できたようでしたから、自分も潔くあちら側にダイブしたのでしょう。じっくり時間をかけて非物質のあり方に馴染めたのです。その後私も脳幹出血でダイブしたのですが、連れ戻されてしまってまだこの世にもいます(笑)。

 

どんなに頑固な唯物主義者でも非物質の理解者へと変わることができる、ということが身近で実証されました。でも事故や天災での突然死は心の準備をしている時間がないので厄介なのですね。
皆さん、せめて事が起こってからでもこのことを思い出してくださいね~

 

 

2019年08月05日

地球の変動に順応する

私は子供の頃から地球という星の生物の生態にとても興味があったのですが、大人になってからは哺乳類等の臭いに耐えられなくなってしまい、魚の鑑賞をライフスタイルとしています。(魚だって水から出せば臭いますが!)

 

三年前の脳幹出血で一度は視力もほぼ失ってしまったのですが、1~2年かけて徐々に視力が回復してきたので今では小学生のように新鮮な気持ちで水槽を楽しんでいます。身体の感覚も失ってしまったため、事故なく安全にできる小魚やイモリ等が中心です。

 

手間ひまかけて世話をすると、数百円で売られている数cmの魚であっても愛着が湧いてきて大事に育ててしまうのだから不思議なものです。今日その水槽の魚が一匹屍骸となって周りのエサになっていました。一日以上その部屋はクーラーをかけずにいたので、水温も三十何度となって軽く茹で上がってしまったよう(笑)。このような事を、魚ではなくて人で経験しているケースもあるわけですから、本当にシャレにならない気候ですね。

 

私が小学生だった頃には気温35度なんてとても考えられなかったです。熱帯魚さえ暑くて死んでしまう気候に日本がなるなんて…

 

地球は生きています。特定地域の気温だけではなく、数十年しか生きない肉体の人間にはとても考えられないような事がこれからも次々と起こってくるのでしょう。何が起こっても、物質肉体を有していたいのなら順応するしかありませんね!

2019年08月04日

変貌の時

何千年も前から語り継がれている「創造の神」「破壊の神」というような話を皆さん目にしたことがあるでしょう。「破壊が無ければ創造もない」というような話も聞いたことがあるでしょう。まさに近年のこの世の展開はその現れなのです。

 

「原子力発電は後世の人にとっても地球環境にとっても危険である」といくら叫ばれていても、日本では今の肉体人生がそれらの利権で潤っている権力者たちが強行的に進めてきました。ついに甚大な被害がこの島国で発生しても隠したり誤魔化したりで、利権者の強硬姿勢は変わらず。

 

政治も経済も文明の全てが、たった数十年の自分の肉体人生を有利に運びたい権力者の欲によってコントロールされてきました。地球はもうそれすら維持できない危機的状況に陥っています。創造の前の破壊が始まっているのです。

 

便宜的に言うのなら、既存のあらゆるしくみが一旦機能しなくなるように「破壊の神」が躍進を始めたということですね。文明として新たな創造の準備を進めると同時に破壊が一足先に実践されるのです。

 

ミクロでは一見悲惨な状況に見える何事も、マクロでは創造の為の破壊が進行しているのだということを皆さん心に留めておきましょう。肉体人生にとっては長期戦となりますから、いちいち一喜一憂していては心も身体も壊れてしまいますよ!

2019年08月03日

肉体とは無関係でどうありたいのか

パラレルワールドなのか近い未来なのかは解りませんが、私の別の身体は最近とても強い揺れを体感しているようで、この世界の身体でも揺れを遠隔感知してしまいます。

 

唯物主義者ならば、全ての終わりを意味すると考えている肉体死。だからその引き金となる地震などの天災を怖れて騒ぐことは解るのですが、スピリチュアルな発信を普段していながら「大難を小難に」とか、なだめるような事を言っている人を見かけると「アンタ本当は唯物主義者でしょ!」とか感じてしまいます(笑)。

 

物質肉体で誕生すれば100%肉体死を迎えるのです。そのプロセスを経験するために非物質のアナタはこの物質世界に出てきたのです。死因は病気であろうと事故であろうと自然災害であろうと自殺だろうが他殺だろうが大した問題ではないのです。多くは色んな時代に色んな死に方を経験します。

 

今地震等の災害で死者が多数出た場合、問題となるのは肉体死の心の準備ができていないが故に彷徨う人で溢れかえってしまうことです。溢れた人はこの世の人にイタズラしたりということもあって、あの世もこの世も混乱してしまうわけです。

 

災害に遭わなくても物質肉体は確実に使用済みとなるわけですので、非物質としてどうありたいのかを生きているうちに決めておくことです。

2019年08月03日

ヘアーカット

昨日、一年ぶりに知人の美容院でカットしてきました。

 

一年も放置していると、さすがに伸びすぎた髪が口に入ってしまい食事も難しくなります。これではほぼホームレス(笑)。

 

元々髪型など気にしたこともないので、セットもトリートメントもしないしドライヤーも使わないのですが、短くすると寝癖がついたりで手入れが必要になるので、近年はやや長めにしています。

 

昨年末から、3年前の脳幹損傷で内蔵機能がデタラメだった事が原因でフラフラで歩けなくなったので入院したりと、ゴタゴタしていて美容院に行こうとは思いつきもしませんでした。ここ数日のあまりの暑さから思い立って「そういえば、あの超多忙なオーナー兼トップスタイリストは元気かなぁ」と電話したら「休日だけど出勤するよ~」とすぐにアポが入ったのです。

 

彼とは数年前のあるセミナーで初めて一緒になったのですが、顔が私と似ているし話も合うのでその頃から彼の店に何度か通う仲となりました。新しい隠れヘアサロンを半年前に成城に開いたのですが、なんとその場所を「無料の霊的サロンとして石井さんが使ってくれていいよ~」とか嬉しい事を言ってくれるのです。私はペンネームで「セイジョウ石井」と謳っているので出来過ぎた話です!笑

 

なんとか歩けるようになったし手足の感覚も戻ってきたので、やっと人並な事を気にする余裕が出たのかもしれません。身体の不具合を理由に消極的になることからもそろそろ卒業ですね。

 

皆様もこの異常な暑さで体調を崩さぬようご留意ください。