お知らせ

2019年6月
念の力
2019年06月25日

念の力

念の力は絶大です。多くの人にとって、心の底から実現しようと思えたことは大概が実現します。

 

私は表面上のことを言っているのではありません。本心で無理だと思っている事は実現しません。内面では「実現させない」という念の力がはたらいているからです。ところが面白いもので、本心を偽っている人ほど「○○したい・○○になりたい」とか言ったり書いたりするものです。

 

実現させてしまう人は、そうなることを前提に今できることを黙々と常にやり続けるだけで、他言や宣言をあまりしない傾向があります。他人に大口を叩いて自分を励ますような必要性を感じていないとも言えます。他人に話せば邪魔が入りやすいだけかもしれません。

 

ですから「金持ちになりたい」と言っている人は一生貧乏、

「健康になりたい」と言っている人はずっと不健康だったりします(笑)

そうではない自分が前提になってしまっているからです。

 

私が脳幹出血で倒れて意識不明の重体となった時も、医師をはじめ周りは死亡はもちろん厳しい未来を想定する人ばかりでした。だから、意識が戻ってからも寝たきりだった私はこれらのことを実践したのです。無理だとか危険だとかの反対意見を黙々と受け流して、数ヵ月後には医師が強要する車椅子にも乗っているフリをして乗らずに一人で車が通らない公園を歩いたり部屋でストレッチをしたり等のリハビリを一日も欠かさずに継続しているのです。致命的なダメージからどこまで回復するかどうかも根底は自分の自由意志の問題だと考えているからです。

 

全く動かない身体からのスタートでしたから、さすがに元のようになるとは思っていませんでしたが、3年近く経った今では喋りも飲食も排泄も、散歩もそこそこできて、倒れた日に生まれた息子に「ちょっと待って~」とか言いながら手を繋いでもらって買い物にも出かけています。

 

この身体機能の回復は、まさに念の力でしかないと思います。念いの強さこそが、脳を筆頭に全身のはたらきを促しているのです。脳幹が壊れたので知らぬ間に内臓のはたらきがデタラメとなっていたため、今年の年初に危険な状態となって入院しましたが、原因が解った今からはまだまだ回復が見込めそうです。これからも気長にこの身体と付き合って行くつもりです。

 

実例を挙げることで「人の念にはどれだけの力があるものか」を、皆様にも感じ取っていただきたいのです。

地震は何故起こる
2019年06月24日

地震は何故起こる

今朝は東京でも地震があった影響なのか、夕方近くの昼に雨があがっていたので一人でいつものレストランに入ったらガラガラで、店員が「今日は朝から一日中こうで、時間が過ぎるのが遅い!」と嘆いていました。皆何かを感じて行動を控えたりしているのでしょうか?

 

今の人の多くが「何が何でも死にたくない」「他を殺そうが害そうが自分が物質肉体に留まって生き延びたい」と考えているようですね。その念いは昆虫動物植物他の獣でも今の人類ほど酷くはないでしょう。人はその結果殺し合いをして種が滅ぶというマヌケぶりを繰り返しています。現在も他の種を既に凄い勢いで絶滅に追い込んでいます。

 

地球さんにも自由意志がありますから、そのことを人類に気付かせたくて地震や津波や火山噴火等の自然災害を起こすのです。人工地震であろうと地球がそれに応じているわけです。この星の多様な種での生物実験は、人類に限ったことではありません。なのに人という種だけがこの物質世界で他の生命の存続まで勝手に消滅させているダントツ愚かな種であることは事実です。

 

地球人類全般がもっと顕著な気付きを得るまで、地球さんも手を緩めないでしょう。たかが低俗な人類のために、それこそ他の種までが大いに巻き添えをくらっているのです。そろそろ地球人類の大多数も、宗教で言う愛とか思いやりというような非物質知性を発揮するしかない時期が訪れています。

 

神とは特定の誰かに宿る外部の何かではありません。地球人類の誰にでも宿り得る非物質知性を長年「神」と呼んできたのです。自分以外の何かに神を求めるから、地球人類上には宗教が流行ったり人が低知性な動物のままなのです。人の誰もが神になる時代の到来です!

死の実態
2019年06月24日

死の実態

今朝の地震で何か吹っ切れたようなエネルギーを感じての投稿です。

 

私が脳幹出血で意識不明の重体となって倒れていた翌日の、医師から「間もなく心肺停止の可能性が高い」と妻が説明を受けていた頃、私はベッドに横たわったままロープウェイに乗せられたみたいな(臨死)体験をしていました。

 

看護師(非物質存在)がベッド脇に立って付き添ったまま、私はベッドごと空高くどんどん上がって行きましたが、上がるごとにこの世とは異なる町並みや施設のようなものがあり、倒れる数ヶ月前に自分が監修を担当して出版された本『非物質ガイドとの探索1・2・3(ヒカルランド刊)』についての話題に脇の看護師みたいな人に触れられました。翼もなく足もあって現実的な女性の姿でした。添付はその記憶イメージに近い写真を今検索してみました。

 

その後ゆっくりとベッドごと再び降りて行き、脇に付いていた看護師も担当が替わりました。途中、数箇所とある非物質施設に寄って面白い体験もしたのですが、肉体の私は相変わらず危険な状態で、物質世界の看護師が痰を吸引しにやって来る時、あまりの苦しさに病院施設をヘリに乗っているみたいに上空から見下ろしている視点になったことも記憶しています。

 

意識が戻ってから病室に看護師が来て何かをしていても、眼がほとんど見えなくて全身の感覚もなくなっていたので、まだあの世にいるものだと思っていたのですが、そのうち手足を中心に凄い痛みと痺れが襲ってきたので「死に損なった」ことを自覚したのでした。宗教的な解釈をするのなら「天使や天国を見て経験して戻ってきた」ということですね。この世界では飲み込みもできない寝たきりの身体からの壮絶なリハビリが始まるのはこれからです。

 

明確に解ったことは、人は肉体死を迎えても自意識や非物質世界は継続しているということです。終わるのは物質肉体の機能と物質世界だけです。このことを皆が知れば、個人の生き方も文明のあり方も必ず変わるでしょう。

存在の意義
2019年06月22日

存在の意義

大人になるほど、人は自分の存在意義を問うものです。

会社や自治体や国から賃金をもらうということは、賃金を払う側にとって有用であることの証ですから、多くの人が経済的報酬を喜びます。しかし、それは単純な話ではありません。

 

戦争を起こして大量殺戮を実践するのは決まって国家であることを考えれば解る通り、人を騙したい殺したいという上の欲求を満たす働きをよくしている人が高く評価されている場合も多くあるからです。民間企業でも、金儲けのためだけに社会に害悪を垂れ流している組織は沢山あります。その場合、エリートほど罪深い業を背負っているわけです。

 

自分が属する組織の実情を知ったところで、辞めたり訴えたりする人は長年少なく、大抵が自分も黒く染まって仲間入りをするのです。それを社会適応と呼びます。動物として自分も生きて行くことが最優先されるからです。

 

でも近年は黒く染まりきれない、つまり社会適応できない世代の人たちが増えています。就職しない、してもすぐに退社してしまう、ひきこもる、自殺をする・・・つまり黒い社会に順応できない人が増えています。

 

これはマクロ視野では地球文明の明るい兆しであると私は捉えています。既存の人間社会の愚かさやバカらしさに付いて行けない人が行動に移してしているということです。この勢いが加速すれば、これまで政治や経済で活躍していた「自分だけよければ、カネや権力さえ手に入れば」といった程度の低い人たちも立ち行かなくなってくるでしょう。カネや権力だけを所持していて有名でも「まだこんな低知性な人が幅を利かせているんだ」となる社会風潮なのです。

 

その際に非難や攻撃をしているようでしたら「自分もそうなりたいのに羨ましい」と言っているようなものです。依然動物であり続ける人にかまっていないで、知的な種として自分にできる霊性を陥れないことを実践しましょう。

 

人とは本来、知的生命体なのですから。

獣の生存と知性
2019年06月18日

獣の生存と知性

物質肉体に霊魂を宿す際、自我(エゴ)というテーマが必ず付いてまわります。地上で生活している皆さんにとってもきっと大きなテーマでしょう。

 

2~3年前に脳幹出血で植物状態の寝たきりとなった私も意識が戻ったかと思われた時に自我(エゴ)というものを失ったままだったため、その数ヶ月前に他界したある著名人に肉体を半年ほど明け渡してしまったことがありました。

 

一度は喋ることも歩くこともできなくなった私は喋ったり歩いたりするリハビリに集中したのですが、喋り方やしぐさがその他界した方の生前にそっくりだったようで、その方を知っている人には「生きて戻ってきた」と思えるほど似ていたようです。幸い生前も基本優しくて穏やかな気質の方だったので、大きな問題もなくて済みました。食の嗜好まで生前の彼と同じ甘党になったので体重が数ヶ月で20kg増えたくらいでしょうか(笑)

 

結論、自我(エゴ)を失うと地上では生きて行けなくなってしまうのです。人は弱肉強食の獣だからこそ物質肉体で淘汰されずに生きて行けるのです。逆の言い方をするのならば優しくて思いやりばかりが先んじていたのでは、すぐに殺されたり損のしっぱなしとなってしまいがちなわけです。身体機能だろうがカネだろうが権力だろうが、「力がある」というだけで思いやりがなくて低知性な人が社会で幅を利かせているという獣のような実例は誰でも多く挙げられるでしょう。

 

獣が知性を与えられたという矛盾に満ちたテーマを、果たして人類は乗り越えられるのでしょうか。

面白くてためになる!?
2019年06月01日

面白くてためになる!?

4月に登壇した「サトルエネルギー学会」での私の講演の様子が会報誌に掲載されました。

 

これからも講演の機会は増えるかと思いますので、更に面白くてためになるお話ができるよう工夫して参ります。

みなさまどうぞ宜しく!