お知らせ

2019年03月26日

自覚して生きる

今日は穏やかな陽気に誘われて世田谷公園をゆっくり散歩してきました。

 

倒れる前から私はほぼ一人でここには通って哲学していたので(笑)元気だった頃の自分、脳幹出血で重体になった日に息子が誕生したこと、意識不明で寝たきりだった自分が立って一生懸命にリハビリに歩いてここに通っていたこと、そのうち息子が歩いて一緒に来るようになったこと、今では息子が喋って私に話しかけてくること、その経緯を見守ってくれていた妻がいつもいたことなど、数年でも濃い過去の思い出が怒涛のごとく押し寄せてきます。

 

息子は保育園に通うことを嫌がるので、この春別の保育園に移ることが決まっています。生活のために保育士をやっているけど実は他人の子供の世話には興味が無いという大人をすぐに感じ取るのか、そういう人には会いたがらないのです。

 

何が言いたいかというと、誰でも大人になると数年くらいは「あっと言う間だった」という場合が多いでしょうが、一瞬一瞬を心に刻んでいないだけだと私は思うのです。

 

ほぼ毎日一刻一刻を自覚して何かをしていれば、数年もあれば記憶に残ることは誰でも盛り沢山なのです。子供が大人になるだけで時の流れが退屈になるわけではありません。無自覚に何かをしている時間が増えているだけだと私は考えるのです。どうせ生きるのなら無闇に長生きを望む前に日々を充実させる工夫を怠らないことが大事だと思うのです。皆さんはどう考えますか?