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自意識過小
2018年06月20日

自意識過小

「自意識過小」とはどういうことなのか?と思う人もいるでしょう。

 

簡単に「自意識」といっても、実は何を指しているのかが人によってだいぶ認識の異なる言葉なのです。これについては唯物主義の人が最もわかりやすくて、肉眼で見える鏡に映る自分の姿、肉体の形状が自分の全てであって、そこには服装や髪型も含まれるでしょう。

 

ところが何かの作品を通して自分を表現しているような人の場合、ファッションなど自分の肉体の見てくれはどうでもよいというタイプの人が増えて、作品こそが重要となります。

 

意識が拡大したまま収縮できないとなると、他人事や地球の異変も自分の事として捉えるようになってきます。これには弊害もあって、遠くで悲惨な人災や天変地異が起きると被害者ではないはずの自分までが苦しくなってしまいますし、今の地球文明においては年中暗い気持ちで暮らすことにもなってしまいます。

 

更に意識が拡大して、地球以外の星や生物(非物質を含む)に常時意識がフォーカスされているならば、大抵は精神異常のレッテルを貼られたりして地球上で普通に暮らして行くこと自体に問題が出るでしょう。「鏡に映る肉体だけが自分」だと考える唯物主義者からしたら「この人には自意識があるのだろうか?」と疑問にすら感じることでしょう。

 

ここまで書けばもうおわかりですね。上述の下部になるほど「自意識過小」となって、獣の属性も備える肉体人間として生き難くなる、ということを私は経験上語っているのです。私の場合は上述のそれぞれを幼稚園、小学校、中学校、高校で経験した感じです。ですから最終学歴の高校を卒業してからずっと肉体で生きる難しさに直面しながら、三十年以上かけて割り切りと言いますか使い分けができるように努力してきました。

 

その甲斐あって、必要であれば「よくいる普通の人」もそこそこに演じることができ、自分主体の場ではそこそこの本音を交えて暮らしてきましたが、皮肉なことに2年前の脳幹出血での小脳損傷で「よくいる普通の人」を演じることは不可能となりました。混んだ電車も自転車も乗れません(笑)。

 

私がお客様の年齢・性別・職業・立場を問わず、あらゆるタイプの方々を受け容れてアドバイスができるのは、「地球上で自分が散々な目に遭ってもそれらを切り抜けて生きてきた過去があったからこそ、今となってそれらの知恵が活かされているのだ…」 我ながらそう思います。

 

今でも基本は「自意識過小」な私ですから、私の死に損なった当日に生まれた子供ももうすぐ2歳となった今では「もっとちゃんと自分を売り込んで稼げ!」と周りからも強く思われているようです(笑)。

 

ご相談があっても、すぐに私から飛びついてどうこうしようとすることはありません。お客様にとってはどんなに「変」だとか「恥ずかしい」と思えたにしても、人間の持つ悩みや苦しみは本質的に同種です。

 

遠慮なく何なりと私にご相談ください。人間関係の問題が実績としては豊富です。

 

 石井 数俊 (セイジョウ石井)