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眠れない夜
2018年06月04日

眠れない夜

詳細不明のエネルギーのような何かを強く感じる時があります。年中どこからか情報が発信されている星の運行や月の状況とは無関係にです。地球もトータルで生命体です。人間には誰にでも、人格性格とは別に感情や体調に少しは波があるように、星にだって説明のつかない変化があるのは当たり前です。磁気的な変動でしょうか。

 

昨夜眠りに就いた後、私は近所の赤ちゃんの夜泣きで起きました。深夜に夜泣きが聞こえたなんて初めてのことです。1歳の息子も寝ながらソワソワしています。この世での近所では事件や事故は何もないのに、犬の遠吠えも聞こえました。

 

身体を悪くしてから毎晩早く眠るのが習慣となった私ですが、今夜は眠気が全くしないため起きてこれを書いています。後遺症の痛みやしびれが原因でもない、何ともリラックスできない状況です。

 

大人になるにつれて鈍感になる人も多いが、子供や動物たちの皆が何かを感じて興奮気味!?のようです。

 

どんな人でも人生を何十年か送っていれば様々な時期があります。健康状態、経済状況、社会環境、気分…何にしても一生ずっと波が上下しないということはないでしょう。海でも空でも観ていればわかる通り、変化し続けるのが自然というものです。

 

変化を怖れたり避けたりするのは不自然なことです。赤ちゃんとして誕生したからには肉体死が確約された将来であることを筆頭に、変化を続けて行くのが自然な形態なのです。ところが自然になりたくない人が増えるのなら、人間社会が星を道連れに不自然となって行くことを意味しているのです。環境破壊と社会の機械化が益々進み人間不要論が持ち上がっても不思議ではありません。

 

そこにブレーキをかけるのが一つの生命体としての地球の機能ですね。火山噴火、地震、津波、異常寒気猛暑…等々、人間は変化を強要されます。その成果でもあるのでしょう、雇用されない人や大自然と共に生きようとする人は近年増えています。

 

文明の過渡期なのですから試行錯誤が基本。それを問題視する人も当然出てきます。世の中の常識はあと10年もすればひっくり返っていることでしょう。私が子供時代ほど強く感じていたイジョウな常識の数々が取り壊され、セイジョウな文明へと向かっているのです。

 

私が重要視するのは人間の定義です。人は基本「非物質生物」なのに、物質的な定義だけがなされた状態で文明が展開しているのですから。これが根源だと考えます。

 

「知性」とは非物質です。飲食やセックスやスポーツを追い求める人生ならば「知的生命体」でなくても良いのです。ですからセイジョウ石井には、多くの現地球人が「知的生命体」には見えません。

 

皆に知性があったのなら、こんな人間社会にはなりません。しかしいつからでも知的に生きることはできるのです。そうすれば、社会も自ずと変わるしかなくなるのです。

 

そのためにはまず、生命体として「知的」とはどういうことなのかを知る必要があります。

 

「記憶(データ保存)」のことではありません。「記憶」とは、今となっては機械に求めるスペックなのです。