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胸にしまう
2018年03月25日

胸にしまう

学校では、先生や親からの評価を常に気にして生活するようシステム化されています。その延長で、社会人になってからも職場の上司などはもちろん、それら染みついた習慣からなのか利害関係者以外の目まで過剰に気にして暮らしている人々が多いようですね。

評価されたいのも、人目を気にしてコソコソするのも、誰からも良く見られたいと考えるのも、その人の自由ですから別段問題はありません。しかし、常に遠慮することなく堂々と発言して行動する人に対する自分の態度には、多くの皆さんが難しさを感じているように思います。(無意識に反抗することも含む)

学校でも職場でも、組織に属しているからには周りへの配慮がない自分勝手な行動を慎むべきなのは当然の事としてです。

よくある例では、常々自分が言いたくても我慢していたことを誰かが言った場合に
1.「よくぞ言ってくれた!自分も日頃からそう思っていたんだ」
2.「それは言ってはならない!誰もが言いたいのを我慢しているのだから」
3.「へぇ、そんなこと言ってたんだ」とか、まるで関心のない人(笑)、
4.「胸の内にしまっておけばよいことなのに…バカだな~」(多いタイプかと思われます)

他人がすることへの自分の反応はかなりの自由裁量があります。

まさに学校教育の弊害でしょうが、選択の余地がない命令や二択三択なら得意でも「どうしようと全くのあなたの自由です」という状態が最も困る!という人が多いのです。

だからこそ「ひとまずしまっておく」ということになって、そればかりが長年あれこれ続き、物質ではないため気付きにくいのですが心の中はガラクタだらけになってしまうのです。

どこに何が入っているのかもわからない大量な収納ケースを大事に内に溜め込んだまま人生を送っている…いつの間にかそうなっているのです。そして中身が腐って内臓疾患等で肉体を脱ぎ捨ててはじめて身軽になろうとするのです。

健全に肉体人生を送るのなら「しまい込まないこと」が鍵です。子供のように一喜一憂していればその場その場で処理して終りです。後悔や恨みや復讐など、後ろ向きなエネルギーとは無縁になればよいのです。

セイジョウ石井は、子供のようにすぐに泣き喚くことを勧めているわけでは決してありません。感動や悦びなら、しまっておくことも楽しみだったり生活の知恵と呼べるものでしょうが、日々確実に溜まる汚れを長年大事に保管しておくのはイジョウだと言っているのです。

対処は簡単。定期的に洗い流せばよいだけなのです。「人との楽しい時間(楽しいフリではありません)が日常的に過ごせている」「頻繁ではないが信頼できる相談相手がいる」といったことが大事ですが、独りでも夢中になって没頭できる何かがあるのならばそれで洗浄できます。

そして行き着くのが「瞑想」的な事なのです。非物質存在の自由度を知れば物質世界に囚われて悩み苦しんでいることがバカらしくなります…あなたも確実に非物質の存在なのですから!

人が非物質の存在であること、そのことを「肉体死を迎えてからでなければ気付いてはいけない」というルールはないのです。