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過去や未来は錯覚
2016年12月23日

過去や未来は錯覚

皆さんは大抵、現在を基準に過去や未来があるという概念で暮らしています。
誰がというわけでもなく文明自体がその直線時間を絶対視していて、言語とはその概念に則った意思疎通手段であるため「無時間」の概念を言葉で説明するということに私は尋常でない難しさを感じています。ですから少なくともここ数百年、生身の肉体を有していながら無時間を解することができる人は、テレパシーや第六感と言われるようなものを通じてそれを感じ取れる、ごく僅かな人のみに限られたことでしょう。しかももどかしいことに、それを上手く伝える術はなかったと憶測されます。
ところが21世紀に入った今は、その感覚を有する人が結構大勢いるのではないかと私は考えるため、一見は無反応だとしても「そうそう、それ感じる!」と共感する人が出てくるのではないかという予想から、この文章を書いています。

それこそ直線時間に囚われている象徴的な言葉に「歴史」という単語がありますが、長い歴史の中で今メジャーである時間概念がまかり通っている文明はかなり特殊なのではないかと私は考えます。それは幼少期から漠然と感じていたことでしたが、今年の夏、私が意識不明となっている間に複数の自分を認識できたことで確信に至りました。それは、この文明下で肉体を有する立場で表現すると「私は過去にも未来にも様々な場所で肉体をもって同時に存在していた」となります。
少し強引な喩えですが「手元にある映像ソフトで、数百時間収録の映画をいつでも鑑賞可能な状態になった」みたいなことです。それは短編作品集。それら作品の中で自分は様々な役で様々な場所に出演しているのです。ところが役に入り込んで演じていると、その時代や場所や人間関係などの設定状況が全てであるとすっかり勘違いしてしまうのです。1時間後に収録されている自分は来世。3時間前に収録されている自分は前前前世!となります(笑)

でも実は、生まれ変わりの歴史は未来の分も含めて全部同時に手元にあります。
しかも全作品がリンクしており、過去の分も含めていつでも修正編集可能なんです!
自分がネクラにしていたら作品全編で暗~い役回りだろうし、充足感溢れる笑顔を振りまいているなら、勇気や喜びを与える役が多くなることでしょう。

直線時間が錯覚だということ、この喩えで少しは伝わりましたでしょうか。
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