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肉体死を迎えたその後
2018年08月11日

肉体死を迎えたその後

今日は息子の2回目の誕生日でした。ということは、私がこの現日本国での肉体を1~2週間留守にしてまで出かけた異次元探索決行日から丸二年というわけです。

 

病院に残された肉体に戻ったのはいいが、食事排泄等も自分では何もできずに朦朧とした頭で感じたことは、あまりの肉体苦痛と不便さからも「息子の誕生日を父の命日にすることは避けられたが、誕生日は祝えないだろう(本音はそんなに生きていたくはない)…」でした。

 

ですからこの日を、しかも2回も迎えたことがとても感慨深いのです。嬉しいのではなくて、妙というか不思議感でいっぱいです。

 

息子が誕生した日に私は肉体を意識不明の植物状態にしておきながら、非物質意識としてはこの肉体人生において最も積極的な活動を試みたわけですが、実はそれから2年経った今でも私の意識はどっぷり肉体に収まっていません。

 

不便な身体で時にマヌケな事をしているこの肉体存在を、まるでアホなクラスメイトでも観ているような感覚で見守っている自分が常にいます。肉体の自分が超希薄、そんな表現にもなりますでしょうか。それを上述では「妙」「不思議」という言葉を使っているのです。

 

思考やしゃべりに関しては、脳幹の動脈が破裂して小脳が潰れている割には倒れる前にかなり近く戻っています。ですから自分がイチかバチかでリアル体験した異次元旅行の詳細を、少しずつでも表現できる準備を進めています。

 

いわゆる「死んだらどうなるのか」的な話は、聞き手の宗教観や死生観によってだいぶ解釈に幅があるため、不用意に話しても誤解を生むだけのところが多くて躊躇してしまうのですが、珍しく貴重な体験をした後に寝たきりから肉体で移動して話したりできるここまでになったということは、躊躇してばかりもいられないかなぁ~笑