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毎日が元旦
2018年01月02日

毎日が元旦

みなさん、あけましておめでとうございます。
この投稿は、せっかくのお正月ムードに水を差す目的で更新するわけではありませんので(笑)誤解なきようお願いします。

昨日は元旦でしたが、その他にも世間の多くの人に特別扱いされている日があります。たまたま現代の地球全域で広く使われいるグレゴリオ暦に基いた結果ですが、一部のサービス業を除く働く人の多くが連休になるという事が特別である最大要因でしょう。
普段はゆっくり過ごすことのできない人たちとも集まって、安心して飲食や宿泊をして過ごすことができるわけです。無条件でプレゼントや現金をもらえる子供はともかく、この毎年訪れる年末年始のプライベートな仕事がストレスとなっている方もいらっしゃるようですが…

ここで私がテーマにしたいこと「では、普通に過ぎ行く毎日は特別な日ではないのでしょうか?

もちろん、誕生日をはじめとする「○○した日」などの個別の記念日はあることでしょう。しかしそれらもカレンダーを基準にした、子供が宿題を思い出すように毎年巡って来る日なのです。私が言いたいのは暦を無視した日時感覚のことです。

春休みが終わったばかりの子供が「早く夏休みにならないかな~」と思うように、出勤しても「はやく勤務終了時刻にならないかなぁ」「まだ水曜か…はやく土曜にならないかな~」などの思いは明らかに「特別な日に対し、価値の低い特別でも何でもない時間を過ごしている」と捉えているからこそ湧き起こる考えです。

このように過ごした一年を振り返って「あっという間」だったとしても、それは単調な毎日に意識を向けないようにして早く過ぎ去ることだけを願っていた当然の結果です。なのに不思議と、このタイプには病や死を強く怖れている人が多いのです。そして人生の最期にはもちろん「自分はいったい人生で何をしていたのだろう…」となりやすいでしょう。

肉体を忙しく動かすという意味でなく、精力的に何かに打ち込んでそれなりの感触を得た人ならば「たったの1年だっけ?もう5年くらい前の事かと思った」となるのであり、そんな人は常に「いつ死んでも構わない」と考えるふしがあり、病や死を過剰に怖れないそんな姿勢が更に多くの物事を成し遂げやすく、実際に健康長寿で肉体人生を終える傾向にあるようです。

つまり、万人にとって本当は毎月・毎週・毎日が特別であるということです。カレンダーとは今の文明社会とやらを機能させるために要した統一基準です。皆にそれぞれの暦があるのが本来であって、地域性や人種によっても時間感覚は全く違うのです。ちなみに、何度もお話していますが非物質存在には時空感覚がありません。時空に縛られて錯覚している物質存在のために便宜上、直線時間やサイズというものが実存するようにコンタクトしてくれる優しい存在がいるだけです。

明日でさえ100%生きて会える保障は誰にもありません。それが生身の人間というものです。そのことを胸に刻んで、つまり一日一生という生き方が大切なのです。身近な人の突然死、自分自身が死んで当然の事故や病気に遭った場合、このことに気づきやすいでしょう。(死んでから気付いてもこの世界では肉体がないと何ともできないルールです! 他界して憑依したり霊障を起こさないでくださいね~笑 それ故に輪廻転生みたいな概念も生まれるのでしょう)

要するに「肉体死」という万人にとって確実な事象を正面から受け止められない人には「肉体で意識的に生きる」こともできないのです。

日々を振り返ることで学習し以後の成長の糧にはしても、失敗からくる羞恥心や罪悪感、被害意識からくる復讐心などを明日以降に持ち越さないことです。はじめのうちは解せなくても感情や気分は完全に自分次第なのです。日々心を清めて毎日を気分一新の元旦にすればよいのです。

連日同じ作業の繰り返しだったとしても寿命が尽きるまで新鮮な気持ちの毎日を意識的に過ごすのか。

あるいはそんな事には思いも馳せぬまま何事も他人や環境のせいにして惰性の日々を送るのか。

物質的にも精神的にも、今のあなたの状況はそれらの積み重ねであなたが創ってきたのです。

毎日を元旦の気持ちで生きましょう!