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新しい生活
2018年04月02日

新しい生活

今日から新生活が始まった方は多いでしょう。私の一歳半の息子も今日、保育園に初登園して大はしゃぎ、帰ってきてからもご機嫌です。

近況、進学・進級・就職・昇進・降格・配属移動・卒業・退社などが自分には何もなかったとしても、それらに関わる人が周りに一人もいないということはないわけです。視野を広げてみれば、自分の過去を思い出したり未来を想像したりして、やはり何らかの節目にはなっているのです。

息子の生まれた日に脳幹出血で倒れて呼吸以外は何もできなくなったその時の私は、まさに「死に損ない」の状態でした。

意識が戻ってもほとんど動けずベッドで横たわって全身がひたすら痛くて辛いだけの朦朧とした頭で「どうやらまだしばらくこんな肉体で生き続けることになってしまうらしい…」くらいの思いがすぐに湧きました。

 

しかし「どうせ生きるのなら」と覚悟を決め、かつてに近い身体機能を目指してリハビリに明け暮れて、常時襲いかかる全身の痺れや痛みに耐えてきました。

 

常に頭から離れない自殺願望にもめげず(身体が動かなければ自殺すらできない!爆)、その辛さに耐える最大のモチベーションが、今回の私の場合は倒れた直後に生まれてきた息子でした。

「息子があれこれ視覚認識できるようになるまでに、このデタラメ万華鏡のような視界を少しでもマシにしよう!」

「息子がしゃべり始める頃までに、きちんと誰にでも聞き取れるような発音をして会話できるようにしよう!」

「息子が歩けるようになるまでに、まず私自身がちょっとした手荷物を持ってでも歩けるようになろう!」

 

車椅子から立てるようになってから、まずは杖代わりにベビーカーを押して私がヨチヨチ歩行訓練を始めました。目が殆ど見えないので妻も必ず同伴です。

 

その他諸々、全てにおいて具体的な肉体機能再生の設定を自分でして、着々とクリアしてここまできたのです。

 

しかしその進捗にも限界がきはじめていました。肉体機能改善の加速度が落ちてきた私に反して息子が急に元気に走りだすようになってしまったのです。


肩車はもちろんのこと、子供を抱えて歩くことがまだ私にはできず、咄嗟に身体を動かせないし早歩きさえできない私と息子が二人きりでは危険が多すぎます。ここ半年はそれなりに私がこなしてきた、妻が不在時のベビーシッターも役不足になりつつあったのです(笑)。

 

ギリギリなタイミングでの待機児童からの脱却!

我ながらよくもここまで大きな事故なくやってきたものです。

 

子供を週に5日も預けることができるこれからは、時間確保が容易になる私自身にとっても大変助かります。独自のリハビリ内容も時間をかけてグレードアップできますし、あまり身体を使わない範囲でなら、仕事らしい事に費やせる時間も格段に増やせます。子供の保育園入園が、実際私個人にとっても大きな喜びとなっているのです。

 

どんなに羨ましがられているような人でも、とても他言できない苦しみを沢山抱えているものです。
逆にどんなに悲劇的に見える中からでも、いやむしろそれだからこそ、希望や楽しみや喜びをふんだんに感じながら人生を送ることができるのです。

私は気休めで言っているのではありません。自分の体験から実際そうであったことを淡々と語っているのです。

  セイジョウ石井