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感動のしくみ
2017年09月20日

感動のしくみ

私が脳幹出血で視聴覚・味覚・触覚・嗅覚をはじめとする感覚や、歩行はおろか起き上がりや飲み込み等の基本的な肉体機能を一旦は完全に失ってから、早くも一年以上が経過しました。

「死亡か植物状態のままか…」と一度は憶測されていたようですから(他人事のように!笑)よくもここまで持ち直したものです。おおよそどの機能も徐々に取り戻してきていますが、どれひとつ取っても元通りのレベルというわけには行きません。それでもやはり優先順位を決めて、諦めずに機能回復訓練に勤しむ日々です。

昏睡状態から意識がはっきりしてきて改めて想ったことは、他人に迷惑をかけて愚行を重ねながらもなんだかんだ自分はこれまで生かされてきたのだ…ということでした。そしてこれからも確実に異なる境遇で生きる…ということを想定して「読み・書き(入力)・話し・これらに関してだけはスローでもよいから何が何でも肉体機能を取り戻そう!」と決意しました。

昨年の今頃は、まだほとんど何も認識できないメチャクチャの視界で文庫本を眼前10センチ位まで近付けて読んでいたのですが、指の感覚もほぼないため、ページをめくるのも至難の業でした。発声で舌と口を動かす辛い訓練も楽しみになるほど連日積極的に取り組み、歩くための訓練の何倍もの時間をそれらに費やしたので、リハビリ病院に入院中のひと月はあっと言う間でした。

「やっと歩けるようになったかどうか?この状況で退院するのはあまりにも危険。あと3ヶ月は入院すべき」との医療常識を医師は私に語りましたが、私は周りの様子を観ていて「頭脳訓練に限ってなら、ここにそんなに長居していたのでは自分の目指すレベルには決して達しない」と判断して強行的に退院(笑)。

原則そこからは毎日、痛くてしびれる身体に鞭打って1~2時間は散歩を中心とした訓練、7~8時間は書物やPCに向かっていました。その甲斐あって、今では長時間読書も話すことも人並みにできます。歩きも一見は普通の人のように重心移動がスムーズになりました。

「歩行中に向こうから近寄ってくる人や車の数が早目に認識できるだけで、こんなに嬉しいものなのか!」ここ一年は遠くになるほど常に錯乱状態だった視界が最近急激に明瞭になってきて、日課の散歩が感動の連続…という私の近況です。人間のあらゆる機能は元々本当に凄いのです。乗物やコンピューターなどの工業製品について熱く語る前に、人間という存在について、誰もがもっと意識を注ぐことが大切だと思います。当たり前の事には何も感じなくなってしまうのが人の常なのです。

何事も失ってから気付く、というのが現代人の定番です。大抵が元通りにはなりませんが、元通りにはできないことに失った意義がある場合も多いのです。私は一度にあまりにも多くのものを失ったため、取り戻すと言うよりも全てを作り直すのに近い感覚です。つまり今は、何から何までがまるで創作の悦びであり、他人からしたら些細な日常が、私にとっては感動の連続です。

もしも今、あなたが大きな悲しみや落胆に遭っているのなら、それは大きな喜びや達成が待っていることを意味します。この世界で感動を得るためには、そのような条件が材料としてどうしても必要なのです。それが物質次元ゲームの妙なのです。