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学びは自由
2019年10月24日

学びは自由

皆さん、職場等で年上を相手に腹を立てたりウンザリしたりしていませんか?

 

肉体年齢はせいぜい数十年の違いであっても、魂の年齢は千年万年単位の違いがあったりするものです。しかし、古い魂が偉いわけでも若い魂がダメなわけでもありません。同時期の肉体人生でも、保育園児が高齢者よりも劣っている人間であるわけではありませんよね。それと同じで誰もがそれぞれの魂の段階に適切な学びを体験するため、この世にやってくるのです。

 

ただし、若者ほど暴力的だったり言葉が乱暴だったりはしますよね。高齢な賢者ほどおとなしくて控えめ、そんなものなのです。ですから中年以降になっても大声で騒いでガミガミ言うような人に対しては寛大に接することも知恵なのです。他人の幼稚園児に凄い剣幕で怒ったりウンザリするような人はいませんよね。厄介な事を言ったりやったりする人に対しては、修行だと思って(笑)微笑ましく接する事も時には必要です。

 

幼い魂ほど、この世で自分の人生を切り拓くことを苦手としているので、高学歴で大きな組織に属して一生そこで過ごす傾向にあります。何度も言いますが、それがダメなことでは全くありません。むしろ躊躇せずに人生のあれこれに手を出して、傍から見たらだらしのない人生をこの世で送っている古い魂もいます。つまり人の生き方とは良し悪しの問題ではないのですね。

 

何が言いたいのかというと、人それぞれのこの世での学びがあるということ。
ですから何に価値を見出すのかも実に人それぞれ。学びのペースも人それぞれ。
アナタが数千年前に学んだ経験を今の人生経験から学んでいる人が、アナタの教師や親や上司の立場である可能性も充分にあり得ます。その逆もあるでしょう。自分では立派なことをしているつもりでも「いい歳して幼稚なことしているなぁ」と黙って観られているのかもしれません。

 

表向きは同調して似たような事を口にする人が多いのですが(それが社会性だと考えるため)その実、人の数だけ異なる思いがあるのです。誰のことをどう思うのかはアナタの自由。人をどうこうしようとの思いがアナタにあるから腹が立つのです。どんな人であろうとも、それもその人の自由。